1280 すき焼きを作る
テントに戻ってナオのことを話すと、ユイに思いっきり羨ましがられた。
「いいなー! 私も学院生活したいよー!」
「なら一緒に来る?」
「行く!」
ユイは即答するけど……。
「無理だよね?」
私は冷静に、首をこてりと傾けさせていただいた。
なにしろ聖女様は超多忙だ。
人々の信頼と期待を一身に受けて、仕事、仕事、また仕事の日々だ。
信頼と期待を一身に受けてという意味ではナオも同じだけど、ナオは内務については最初から文官に丸投げしている。
なのでユイと比べれば、かなり余裕がある。
「うえーん! クウがいじわるするよー! リトー、なんとか言ってやってよー!」
「なんとか、なのです」
「そういうギャグはいいからー。うえーん!」
ちなみにエリカとオルデは、すでにテントにはいない。
今頃は貴族たちの前で、仲良しお友だちゴッコをしていることだろう。
ゴッコというのは失礼か。
2人はちゃんとお友だちだしね。
アピール、だね。
ナリユ卿は起こして、外に放りだしたそうだ。
「ユイはアレだよ。今年もよかったら学院祭には誘うからさ。また遊びに来てよ」
ユイにはそれくらいで我慢してもらおう。
「行く! 絶対に行くね! マリエちゃんにも声はかけておいてね!」
「うん。リョーカイ」
マリエも喜ぶことだろう。
ユイナちゃんとは、すっかり仲良しになっていたし。
「あーあ。でも私も青春したいなー」
うんと背伸びして、ユイは言った。
「じゃあ、今からしよっか」
「どんな?」
「そりゃ決まってるよ。そろそろ時間だしね」
私たちの青春。
それは――。
「これかぁ」
ずーんと沈んで、ユイは包丁で王国産のネギを切った。
はい。
もちろん、すき焼き作りです。
というわけで。
テントの中の調理道具を銀魔法『重力操作』でさくっと外に出して、私たちはひと目につく形で料理の準備を始めるのでした。
「ほらほら、ユイ。笑顔笑顔」
「はぁ~~~~」
ユイは思いっきりため息をつくものの、子供がおそるおそるの様子で近づいてくると、すぐさま気持ちを切り替えたようだ。
「……あの、聖女様。お料理する姿を見ていてもいいですか?」
「うん。いいよー」
ユイは優しい顔で答える。
「ありがとうございます」
すき焼きを作る私たちの前で、子供が祈りを捧げる。
祈りの後は静かに見学する。
良い家に育った子のようで実に礼儀正しい。
まあ、うん。
なんとなく上から目線で見ているけど、年齢で言えばそれほど変わらないか。
子供といっても10歳くらいの少年だ。
私たちは、彼の視線を受けつつ、黙々と料理を続けた。
王国のネギを切って、新獣王国の肉を切って……。
ラムス前王のところで仕入れてきた新鮮なシイタケを切って……。
他の食材もザクザクと切って……。
「切るのですね」
それを見て子供が言った。
「あはは。だねー。切るばかりだねー」
私はつい苦笑した。
すると子供は私に目を向けて、ためらいがちに言った。
「あの、失礼ですが……。ソード様、でしょうか?」
うん。そだよー。
と答えかけて、私は超今更に気付いた。
あぶな!
白仮面をつけて、ソード様に戻るのを忘れていた!
私は今、素顔なのだ!
クウちゃんなのだ!
エプロンは、ちゃんと付けたんだけどね!
「この子はお手伝いだよ。料理人なの」
ユイがフォローしてくれた。
ありがとう。
お兄さまにも言われていのに、どうして私はすぐに忘れてしまうのか。
まったくもって小鳥さんブレインなのです。
くまったものだ。くまくま。
いったい私は、小鳥なのかくまなのか、どちらなんでしょうね。
謎です。
「まだ若いのに、すごいんですね。聖女様の料理人なんて」
「あはは」
否定も肯定もできなくて、私はまた笑った。
「でも、やはり、リゼス聖国では、ヒト族以外の者も普通に暮らしているのですね……。危険ではないのですか?」
子供がユイに問う。
「君は、トリスティンの子なのかな?」
ユイは笑顔で聞き返した。
「はい。トリスティンの王都で暮らしています。どうしても式典に参加したくて、無理を言って連れてきてもらいました」
王都かぁ……。
ナオが襲撃をかけて破壊した場所だねえ……。
「エルフの方は違うのかも知れませんが……」
子供はそう言葉を続けて、黙った。
獣人への暴言を避けるあたり、理性も高い子のようだ。
何か言うべきだろうか……。
私は迷ったけど、何を言っていいのかわからないので黙っておくことにした。
ユイに任せよう。
セイバー様ことリトもずっと黙っているしね。
「どうだった、ナオ・ダ・リムは?」
ユイが優しく問いかける。
「噂では聞いていましたが、本当に同じくらいの年で驚きました」
「すごいよね」
「聖女様の方がすごいとは思いますが」
「私? 私はたまたま光の力を持って生まれた、成り行きだけの子だよ。でも、そうだね、我ながら頑張ってはいるかな」
ここからしばらくユイの頑張った自慢が続いた。
まったくもって、ね……。
いつものことだけど、ユイはマイペースだ。
ユイが話している様子を見て、他の人たちもおそるおそるに近づいてきて――。
しばらくもしない内に、まわりは人だかりとなった。
みんな、腹の中にはいくらでも思うところはあるはずなのに、きっとそれはマイナスの感情であるはずなのに――。
ユイの前では、自然に柔らかい笑みを浮かべる。
もちろん知ってはいたけど、ユイは本当に聖女ユイリア様なのだ。
調理を進めつつ、私はあらためてそう思った。
具材を切りおわった。
切った具材は、大きな鍋の中に入れる。
そのあと、はねないように注意しつつ水を注いで、調味料も入れて……。
魔導コンロに火をつける。
やがて煮立ってくると、いい匂いが広がる。
うむ。
まさにすき焼きの匂いだ。
脇ではすでにメイドさんたちが配膳の準備を整えていた。
さすがだ。
さあ、いよいよ、本日のメインイベント。
ではないけど……。
メインイベントは調印式だよね……。
各国の調和を願って、各国の具材でユイが手作りしたすき焼きの食事会だ。
みんなで食べよう。




