1273 ナオとナリユ
「ひっ……」
ナリユ卿は膝から崩れかけたけど、それについてはとなりにいたオルデが支えた。
オルデがナリユ卿の耳元でささやく。
「……ナオ殿、ご無沙汰している。でしょ」
「な、なななな、なおどにょ! ごごご、ごぶさたしておりまっしゅ!」
「ああ。いつぞや以来だ。ナリユ卿も壮健そうで何より」
うわぁ、ナオがカッコつけてるぅぅぅ!
英雄様だぁぁ!
と、またも心の中で思ってしまう私は、ダメな子です……。
落ち着け私ぃぃぃぃ……。
エリカが王女でナオが英雄なのは、さっきから繰り返して確認している事実だぞぉ……。
ナオが手を差し出す。
「……ほら、手を握って」
「う、うん……」
オルデに囁かれて、ナリユ卿は握手をした。
「……ほら、離して」
オルデに囁かれて、ナリユ卿は手を引っ込めた。
「……次は簡単な会話。……今日は良い天気でよかった、とか」
「きょ、今日は良い天気でよかった、とか、です」
「ああ。きっと精霊様が祝福を与えてくれたのだろう」
「……そうだな。と言って」
「そうだなといって!」
なんだろう、これ。
誰も何も言わないけど、これでいいのだろうか。
まあ、いいかのか。
ここでナオが友好的に微笑んで言った。
「となりの女性が、噂の婚約者殿か。良い相手を見つけられたようだ」
「おお! わかりますか、ナオ殿! そうなんですよ! 本当に僕は幸せ者で、この式典さえおわれば晴れて仲も認められるんです!」
うわぁ、ナリユ卿のテンションがいきなり上がったぁぁぁぁ!
これはいかんでしょうー!
「だから早く、サインをしてしまいましょう! せっかくの景勝地です! お互い、早く解放されて楽しみたいものですよね!」
しかもそんなことを言った。
さすがだ。
私はむしろ感心した。
でも、その後、私はすぐに我に返った。
今のはさすがに失言が過ぎる。
私には一切、偉いことを言う資格なんてないけど……。
でもここは、私が言うべきか。
仮面を外して、ソード様ではなく、クウ、ううん、センセイとして……。
その時だった。
「馬鹿かぁぁぁぁぁぁぁ!」
え。
怒鳴り声と共にオルデがナリユを蹴っ飛ばして、転んだナリユの胸ぐらを掴んで、強引に立たせてお説教を始めた。
「アンタね! いくらなんでも今のはないわよ! 戦争よね!? たくさんの人が死んだ戦争がおわるのよね、アンタのサインで! ようやく、ついに! たくさんの人の魂が、きっと見ているのよ精霊様と共に! アンタには、それを全部背負ってサインをする義務があるの! 大きな大きな責任があるのよ、わかってるの!?」
「オ、オルデ……? いったいどうしたんだい……?」
「どうしたもこうしたもあるかぁぁ! どれだけ他人事だったとしても、せめて考えることくらいはしなくちゃダメでしょうがぁぁぁ!」
オルデは泣くこともなく、怒りのまま叫びきった。
叫んだ後――。
「失礼しました」
私たちに一礼して、しれっと元の立ち位置に戻る。
私は思った。
……さすがに強いねえ、と。
この肝の座り方は、見事としか言い様がない。
「オ、オルデ……。ごめんよ、それで僕はどうしたらいいんだい?」
「せめて真面目な顔をしていなさい」
まあ、うん。
私たちの前で堂々とする話ではないとは思うけど。




