1272 終戦の時
私が頭の中でハッピーと戦う内、無事にナオたちの行進はおわった。
さすがはハースティオさんが何ヶ月もかけて準備しただけあって、場当たり的な襲撃者等は残念ながら現れなかった。
いや、うん。
残念という言い方はかなり不謹慎なんだけども。
でも、なんとなく、カッコつける場面は欲しかったなぁと思ってしまう……。
私は年頃のソード様なのでした。
でもまだ、広場を抜けなければならない。
私は必死にハッピーを振り払って、あらためて周囲の様子に気を配った。
広場にはトリスティン貴族とジルドリア貴族が居並ぶ。
最後にして最大の試練だ。
ナオは表情を変えず、歩幅も変えず、平然と歩いていく。
挨拶はしない。
視線を動かすこともなかった。
今日はめでたい終戦の調印式の日だけど……。
それは、新獣王国とトリスティンが仲良くなることを意味してはいない。
単に戦争の終了を確認して、国境が定まるだけのことだ。
調印式の内容には、新獣王国の国家承認や捕虜奴隷の交換とかもあるけど、事務的な作業は文官たちが他の場所で行う。
ナオとナリユがすることではない。
あーそっかー。
私は心の中で思った。
ナオと相対するのは、わかっているけどナリユ卿なんだよねえ。
はっきり言って今のナオは、当代の英雄だ。
毛虫一匹に怯えていた子も……。
カメの甲羅を背負って箒を掃いていた子も……。
すでに、ここにはいない。
いるのは、トリスティンの王都に襲撃をかけて、多くの砦を自らの手で落として、自我の強い獣人部族を従えて国家へと束ねた存在なのだ……。
トリスティン貴族から見れば、まさに仇敵の中の仇敵。
ナオ・ダ・リムさえ葬れば……。
と考える者がいても、まったく不思議ではない。
それこそ自らの喉に呪いの短剣を突き立てて、邪神に我が身を捧げても――。
と思う者がいても――。
私とリトの結界の中では、さすがに難しいとは思うけど……。
対するナリユ卿は……。
うん。
はい。
終戦にも条約内容にも納得して先に町に入っていたはずのダイ・ダ・モンさんが、怒りで邪神に侵食されてしまうほどの……。
頭の中がお花畑なおヒトだ。
特に今は、オルデとのことで幸せ絶頂、浮かれまくっている。
式典なんて正直、そっちのけの様子だ。
まあ、うん。
トリスティンのヒトたちには申し訳ないけど……。
だからこそいいよね。
という言い方を、私やエリカはしてしまっているけど……。
どうなることか……。
心配だ。
ないとは思うけど、万が一にもナオまで激怒させたら、とんでもないことになる。
ともかく、まずは第二の難関を抜けなければならない。
私たちは、貴族たちの間を歩いていく。
私は貴族たちに、頼むから変なことを言うなよ、と心の中でお願いした。
幸いにも何事もなかった。
貴族たちは、一言も発することなく、ナオを見送った。
私はホッと息をついた。
階段を下りて、調印式の会場――。
石畳の上に純白の机が置かれた、美しい湖岸に降り立つ。
降りたところで、ダイ・ダ・モンとユキハさんとダバの3人は、脇に控えていた『ローズ・レイピア』『ホーリー・シールド』の隊員と同列に並んだ。
このあたりの動き方は、事前に決まっていたようだ。
ナオのことは、エリカが出迎えた。
「ようこそおいで下さいました、ナオ・ダ・リム戦士長」
「歓迎、感謝する」
「さあ、どうぞこちらに」
うわぁ、エリカがなんか優雅だぁ!
王女様だぁ!
と、私は心の中で思ってしまったけど、頑張って態度には出さなかった。
私は、うん……。
ナリユ卿のことなんて、何も言えないね、さっきから……。
みんな真面目なのに……。
1人だけふわふわしすぎています……。
ナオは、ユイと握手を交わして――。
お兄さまと握手を交わして――。
それから、エリカの案内を受けて少しだけ歩いて――。
ナリユ卿と対面した。
ナオの赤い瞳が、ナリユ卿を見据える。




