1271 ソードとナオ
新獣王国の使節団は、町を歩いて湖岸の会場にまでやってくる。
私たちはそれを会場で待っていた。
町の治安維持の任務には、ジルドリア騎士団の精鋭とコレルリースさん率いる『ローズ・レイピア』が就いている。
敵感知にも反応はない。
なので問題なく、ナオたちは到着することだろう。
ただ、うん。
私は焦れた!
「聖女様。では予定通り、私は新獣王国使節団の先導に行ってまいります」
ということにした!
うん。
行ってみよう!
「え、そんな話あったっけ?」
ユイがキョトンとする。
「では」
なかったけど、私は空に浮かび上がった。
いいのだ。
なぜなら私はふわふわのクウちゃん。
まさに浮かび上がることこそ、私という存在を示しているのだ。
ナオたちの一団は、すぐに見つけることができた。
ナオを先頭に堂々と通りを歩いていた。
ナオに同行するのは、わずか3名。
いくら警備しているとはいえ、よくもそんなにも無防備に入ってきたものだと思う。
ナオの近くにいるのは……。
まず、ダイ・ダ・モン。
正装の背中に戦斧を担ぎ、ナオのうしろを歩いている。
彼に動揺した様子はない。
ナオと同じで、実に堂々とした姿だった。
さらには、白狼族のユキハさんがいた。
腰には刀がある。
悪魔フォグにそそのかされて一度は道を外しかけていた彼女も、今では立派なナオ直属の最精鋭部隊『風魔衆』の幹部だ。
以前は黒に染めていた髪と尻尾は、今では誇り高く、元の白色に戻っている。
最後の1人は、なぜか彼だった。
帝都の御前試合で威勢のよかった黒豹族の戦士。
名前は確か、ダバ・ボヤージュ。
なぜか、というのは失礼か。
いかにも跳ねっ返りの若者ではあるけど、ナオが将来を見込んでいる1人なのだった。
「やっほー、ナオ」
ざっと様子を確かめてから、私はナオの横に姿を現した。
ナオに驚く様子はない。
ナオは私の気配を感じ取れるしね。
「私と貴方は親しい間柄だったか?」
ナオはそっけなかった。
「えー」
私は唇を尖らせたけど、そういえばソードだった。
ナオたちの姿を静かに見ていた観衆も、いきなり現れた私に驚いている様子だ。
「おいおい、どこの誰かはわかるが、いきなり失礼な――。あいて!」
「黙っていろ」
「そのお方に構う必要はない。無礼な言葉遣いをするな」
うしろでダバ・ボヤージュとダイ・ダ・モン、それにユキハさんのそんなやり取りも聞こえた。
「こほん。とりあえず、一緒に行こうか」
「そかー」
と、これは私ではありません。
突き刺すような眼差しでまっすぐに前を見続けるナオちゃんです。
「余裕はありそうだね」
私は安心して笑った。
それに対してナオは、表情を変えないまま、
「さすクウ」
と言った。
私は最初、何のことかわからなかった。
私は今、ソードだしね。
「町がまるで神殿のよう。結界の見本のような結界。この強度なら、ヒトが自ら抱いた悪意でさえ鎮めることができそう」
「私とリトの渾身の合作だからねー。今日いっぱいは安心してくれていいと思うよー」
結界の効果は永続ではない。
特に強くかければ、弱くなるのも早い。
しかし、このソードことクウちゃんさまに躊躇なく「さすクウ」するとは……。
ブロックする隙間もなかったよ……。
さすがはナオ。
カメの子は伊達ではないということだね……。
それはともかく……。
結界があるとしても、周囲の気配に注意することだけは忘れない。
ナオたちに観衆が向ける眼差しは歓迎のものばかりではなかった。
むしろ、その逆のものを多く感じる。
ここファーネスティラはジルドリア南方、トリスティンに近い町。
ジルドリアの中央より、トリスティンとの交流が盛んだった町だ。
実際、この町の近くのダンジョンで産出していた魔石は、長年に渡ってその大半がトリスティンに横流しされていた。
この町では、獣人の立場は、さぞや低かったことだろう。
とはいえ……。
ナオたちに罵声や石が飛ぶことはなかった。
歓声もなかったけど。
そのあたりについては、先にこの町に着任していたハースティオさんが十分に住民とオハナシ合いをして、すでに理解を得ているようだ。
そもそも、私も手伝ったからさすがに覚えているけど、反抗勢力は領主も商人も構成員もすべて容赦なく排除したね。
「ソード……。ついに今日、おわる。あの夜、砂浜で覚悟を決めて……。それから、まだ長い年月は過ぎていない。それはわかっているけど、私は長い長い道を歩いてきた気がする」
「そうだねー」
「それこそ一生分」
「変なフラグを立てちゃダメだよー」
「フラグではない。本当に、そう感じているだけ」
「そかー」
ならいいけど。
私、戦争がおわったらオダンゴをお腹いっぱいに食べるんだ、なんて言ったら、まさに死亡フラグそのものになるしね。
「私、戦争がおわったらバーガーをお腹いっぱいに食べるんだ」
「立てたー!」
「どうしたの?」
「あ、うんん……。なんでも……」
さすがはナオさん、まさか即座に来るとは。
「よかったら姫様ドッグとかどう? アイテム欄にたくさん入っているし」
「それはいい提案。食べたい。あれは本当に美味だった」
「おわったら一緒に食べよー」
「――あの帝都での1日は、本当に楽しかった。ハッピーさんは元気? 彼のハッピーは、戦争がおわったら新獣王都で流行らせたい」
「やめとこうね!?」
ハッピー、ちゃっちゃ♪
ハッピー、ちゃっちゃ♪
あー!
あああああああああああああああああああ!
否定しつつも、頭の中にリズムが湧き上がるうううううう!
どうして私はこうなのかー!
今はダメよ私!
今は絶対に、ハッピーする時じゃないからね!?
だいたい私はハッピーさんことボンバーじゃないしね!?
ハッピー、ちゃっちゃ♪
ハッピー、ちゃっちゃ♪
やめろおおおおおおおおおおおおおおおおお!
響くなメロディぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!
「はーはー。ぜーぜー」
「ソードは、いきなりどうして疲れている?」
「あ、ううん……。なんでも……」




