1269 オルデに声をかける
「――オルデ」
「え。あ、ソード様!?」
湖岸にいたオルデにうしろから声をかけると、思いっきり驚かれた。
ただオルデは、すぐに表情と姿勢を改めて、
「失礼しました。ご無沙汰しております」
と、礼儀正しく会釈した。
となりにいたナリユは、遅れて振り向いて……。
まばたきした後……。
「ひ、ひああああ! ソソソソ、ソード様ぁぁ!」
と、その場で尻餅をついた。
私は思わず笑いかけて、必死に我慢した。
「――ナリユ卿、聖女様がお着きだ。挨拶をしてきたらどうかね」
私は最大限に偉そうな声で言った。
「あ、えっと、はい。なら、オルデと一緒に……」
「彼女は私と話がある。1人で行きたまえ」
「は、はいいいい!」
ナリユはオルデの手を借りて立ち上がると、オルデに背中を押されて、よろめきつつもユイのところに向かった。
ナリユを見送って、私はオルデと2人になる。
「昨日は申し訳なかった。こちらの事情でいろいろと話が変わった」
私は最初にオルデに謝った。
私も知らなかったけどね、とは、言えない。
「はい。大丈夫です。わかりますから」
何が大丈夫でわかるのだろうか。
私が困っていると、オルデは言葉を続けた。
「この大切な調印式と比べれば、私のことなんて些事ですよね。小さな波紋が思わぬ波風を招く可能性もありますし」
なるほど、と言いかけて私は我慢した。
何故なら今の私はソード様。
とっても賢い子、のはずなのだ。
「君とナリユのことは式典後のパーティーの最後に紹介させてもらう。その後はすぐに解散となるから安心するといい」
「――それは、残念ですね」
残念?
なんで?
と、私は思ったけど、これも口にはしない。
何故ならソード様は、すべてを見通すセンセイの使徒なのだから。
「私、楽しみにしていたんですよ。私を庶民の出だと知って侮ってくる連中に、トリスティン王家正統の礼儀作法で応戦することを」
「逞しいね」
「はい。庶民と紹介されたけど、アレ、実は本当は、すごい血筋なんじゃ……? って疑心暗鬼にさせる自信はありました」
オルデはそれを、背筋を伸ばした自然体で、堂々と言ってのけた。
たいした胆力だ。
「それに今日はソード様がいますよね。正直、思いっきり楽しみにしていました。ソード様が声をかけてきて、私と相手の関係が逆転する場面とかも。もちろん冗談ですけど」
「あはは。そうだね」
昨日、エリカも言っていたけど、そういうのは冗談で済ませたいところだ。
そうならないようにするのが優れた貴族だしね。
「それでソード様、私はいつからトリスティンに行くことになるのでしょうか」
「まだ聞いてないの?」
「はい。決めるのはソード様だと――」
ふむ。
私的には、そのあたりもとっくに丸投げしたつもりでいたけど。
「なら、今夜からとか?」
「はい。私はそれでも構いません」
「え。あ。そうなんだ」
私としては、軽いジョークのつもりだった。
まさか迷わずにうなずかれるとは。
「両親との別れは十分に済ませましたし、モッサ先生からは免許皆伝をいただきました。私としては早く挑戦したい気持ちでいっぱいです」
涼やかに微笑むオルデに、強がっている様子はない。
本音で言っている気がする。
「強いね」
いや、ほんとに。
「はい。私はもともと野心家で、上を目指せるチャンスを、ずっと探していましたから。絶対に成功させて贅沢三昧してみせます」
「あはは」
目的が贅沢三昧なのも、嘘がなくていいね。
私には好感度の上がる答えです。
「じゃあ、聞いてみようか」
オルデと共に、みんなのところに行った。
幸いにも関係者は集まっている。
お兄さまにバルターさんに、ドラン氏にギニス氏、ユイにエリカ。
この面々から了承を得られれば問題はないだろう。




