1268 会場に到着
ユイの着替えがおわった。
純白に輝く聖女の服に身を包めば、ユイはどこからどう見ても立派な聖女様だ。
ほんわりとした笑顔でさえ、なんだか神々しい。
しばらくするとお迎えが来る。
私とリトは、それぞれ、ソードとセイバーに着替えた。
現れたのは、青いマントを身に着けた『ホーリー・シールド』の女性隊員だった。
ロビーで他の隊員とも合流。
残念ながらメガモウの姿はなかった。
メガモウは去年の秋に行われた帝都での御前試合に参加しているから、今回は聖都でのお留守番役となっているようだ。
ホテルの外に出ると、さらにジルドリア王国の騎士隊が待っていた。
私たちは、騎士隊の先導で馬車に乗って道を進む。
馬車はオープンタイプだった。
みんなの、聖女様の姿をひと目でも見たいという気持ちに応えるためだろう。
道中はスムーズだった。
調印式に先駆けて、町への一般人の出入りは制限されている。
なので観衆の数は、それほど多くはない。
今、町にいるのは、元からの住民と、許可を得て町に入ったジルドリア王国の上級な国民とその従者だけなのだ。
それでも私たちが通りかかると大きな歓声は起きた。
さすがは聖女様と私は思ったものだけど、聖女様だけじゃなくてソードやセイバーの声もあったのには驚いた
私やリトも有名なようだ。
白仮面キャラにしておいてよかったです。
調印式の会場は、湖岸だった。
水の精霊様への儀式にも使われる神聖な場所なのだそうだ。
私は正直、少しだけ嫌な予感を覚えた。
だって、うん……。
水の精霊様と言えば……。
なのなの叫ぶカラアゲ大好きな水色髪の5歳児しか思いつかないし……。
まあ、うん……。
万が一にも出てきたら、問答無用でぶっ飛ばそう……。
湖岸へと入る手前の広場には、ジルドリア王国とトリスティン貴族連合の貴族たちが、それぞれに毅然と整列していた。
湖岸の会場に入れるのは少数。
各国から選ばれた数名のみだけだ。
その他は、たとえ貴族でも手前の広場で終戦を待つことになる。
私たちは馬車から降りると貴族たちの前を通りすぎて、階段を下りて、湖岸の会場に入った。
会場は、実にシンプルなものだった。
飾りつけはない。
脇に事務用のテントが立てられて、儀式の時には祭壇となるのだろう石畳のステージには純白の机がひとつだけ置かれていた。
湖岸には、すでに……。
ジルドリアの第一王女にして調印式の主宰であるエリカ。
その両腕たる、ハースティオさんに、エンナージスさん。
帝国からの見届人として、お兄さまにバルターさん。
トリスティンからは、現在の事実上の支配者たるドラン氏に、ドラン氏に匹敵する権勢を有する上位貴族のギニス氏……。
2人は、堂々とした姿ですでに現場にいた。
そして……。
ドレス姿のオルデと手をつないで、トリスティン貴族連合の現在の盟主――。
ナリユ卿の姿も、ちゃんとあった。
会場の脇では、赤い制服に身を包んだ『ローズ・レイピア』の隊員と白い制服に青いマントを身につけた『ホーリー・シールド』の隊員が5名づつ並んで控えていた。
他に兵士の姿はない。
あといるのは、数名のメイドさんくらいだ。
ナリユ卿は、何を考えているのだろう……。
湖面に目を向けて、満面の笑顔でオルデに何やら話しかけていた。
素晴らしい景色だね!
とか、言っているのだろうか。
そんな様子だった。
まるでデートをしているかのようだ。
私はどうしても、昨日のダイ・ダ・モンの姿を思い出してしまう。
複雑な気持ちにはなるけど……。
まあ、非難はしない。
ナリユ卿は、それだからこそナリユ卿なのだし。
ナオの姿はない。
ナオは、私たちの準備が整ってから、最後に入ってくる予定だ。
終戦は対等なものではない。
新獣王国の圧倒的な勝利でおわるものだ。
ジルドリアが根気よく交渉を続けて、帝国と聖国の口添えもあって、どうにか新獣王国が認めてくれたという形だ。
トリスティンは、終戦を許してくれてありがとうございます。
本土を取らないでくれてありがとうございます。
と、姿勢を低くして感謝する立場なのだ。
なのでナオのことは、ここにいる全員で出迎える。
ナオこそが、今回の式典で、最終的な決定権を持った存在なのだ。
私は思う。
ナオは、うん……。
毛虫一匹に道を塞がれて、涙目になる子だった。
ゲームで剣を振るえば、剣の代わりに自分がくるくると回っちゃう子だった。
マイペースで無表情で、リーダーシップとは無縁の子だった。
それが今や、国の命運を握っている。
気位が高くて血の気の多い獣人部族たちを従える、獣王直系の戦士長、獣王国新生の要にして最強無敵の若き英雄だ。
カメなのにね……。
いや、うん。
カメだからこそ、か……。
カメさまは、偉大な存在だし……。
私も今では、家にカメさまの像を置いて、拝んでいるしね……。
「おはようございます、ユイ」
「おはよ、エリカ」
「ソードとセイバーも、来てくれて心強いですの」
エリカに言われて、私は軽くうなずいた。
「ソード殿が来るとは意外だったな。そちらは今回、不参加と聞いていたが」
お兄さまが、あくまで友好的な笑みを浮かべてそう言った。
はい。
私は本当は空に浮かんでいるはずですよね。
何かあったのか、と、問いたい気持ちはわかります。
でも安心して下さい。
近くで見た方が面白いかなぁという、ただの気まぐれなのです……。
私は何も答えないけど。
迂闊にしゃべるとすぐにボロが出るので、できるだけ黙っているのです。
なにしろ近くにはドラン氏とギニス氏もいるしね。
彼らもユイと言葉を交わす。
恐ろしいことに、2人は敬語でユイと接する。
さらには自ら頭まで下げて、今日の式典への参加を感謝していた。
ナオだけじゃなく、ユイもホント、恐ろしい子になったね……。
幼馴染たちの成長っぷりに……。
私はなんとなく、感慨深くなってしまうのでした。




