1267 調印式の朝
朝、ユイと2人で起きた。
「おはよう、クウ」
「おはよう、ユイ」
ベッドから下りて、大きな窓いっぱいにかかっていたカーテンを開けると、明るい陽射しが部屋に広がった。
窓の向こうにはベランダがあって、その眼下には湖が広がる。
さすがは高級ホテルの、最高級の部屋。
朝の景色は、まさに素晴らしいという他はなかった。
エリカはいない。
エリカは結局、昨夜の内に自分のホテルに帰った。
エリカは、今日の調印式の主催として、朝一番から仕事があるのだそうだ。
大変だね。
それと比べると、私とユイは気楽だ。
ユイは聖女として帝国皇太子たるお兄さまと一緒に、ナオとナリユが終戦宣言書にサインするのを見届けるのが今日の仕事だ。
式典の運営には関わらない。
式の後にはすき焼きを作るという大切な仕事もあるけど、こちらも準備についてはエリカが引き受けてくれた。
まあ、エリカは号令を出すだけで……。
実務はすべて、エンナージスさんのようだけど。
私も、今のところは敵感知に反応もないし、朝から慌てる用事はなかった。
「ユイー、朝は何が食べたいー? なんでもあるよー」
「そうだなぁ。ご飯と味噌汁がいいかなー」
「あ、ごめん。それはない」
「えー」
私の何でもタイムも、ユイと変わらない数秒で終了しました。
まあ、うん。
お互い様だよねっ!
朝食はサンドイッチとオレンジジュースで済ませた。
その後は、いつもの精霊の服に着替えて、私はベランダから湖を眺めた。
朝日を浴びた湖は、まさに宝石箱のようだった。
私は今日、ソードとして式典に参加する。
本来、その予定はなかったけど……。
ユイにお願いされたのと、ソードとして間近で式を見るのも面白そうだったので、ソードにならせてもらうことにした。
あとは、これはエリカに言われたことだけど……。
オルデにも言葉をかけるべきだろう。
なんといっても、オルデの運命を決めたのはソード様なのだから。
ソード様には、出かける時に変身する予定だ。
私の場合、『ユーザーインターフェース』の装備欄から即座に着替えられるしね。
簡単なのだ。
ユイは部屋で化粧をする。
普段はすっぴんのユイだけど、公式の場に出る時は薄くだけどしている。
聖女様なのに自分でやるのは、さすがはユイらしい。
というか、うん……。
ユイは、メモ用紙一枚ですら渡せば家宝にされてしまう子なので、怖くて他人に任せられないというのが現実的な理由なのだけれど……。
愛されるのも大変だよね、本当に……。
ちなみに私もたまにだけど化粧はする。
大宮殿のパーティーで、皇妃様が準備を整えてくれた時だ。
正直、化粧は苦手だけど……。
ちゃんと空気は読める子なので、その時には大人しくされるがままにしているのです。
もちろん今日はしない。
ソード様は、そもそも白仮面をつけるしね。
のんびりしていると、リトが現れた。
「げ。クウちゃんさま。どうしてまだいるのですか。とっとと消えろなのです。リトとユイの神聖な朝が穢れるのです」
「残念だけど、帰りませーん。今日はソードになることにしたから」
「ええええ! 最悪なのです!」
「あははー。まったくリトは、朝から元気だねー」
「な、なんなのです……。その怖い笑顔は……。リトをどうする気なのです……」
「ふふー。可愛がってあげるねー」
運動代わりに、朝から軽く鬼ごっこをしました。
リトを捕まえて可愛がってあげていると、ユイの化粧もおわった。
ユイの聖女様の着付けはリトがやっているそうだ。
なので可愛がりは、適度なところで許してあげた。
「ねえ、聖女のユイちゃん」
私はベランダから景色を見つつ、部屋で着替えるユイに声をかけた。
「なぁに、精霊のクウちゃん」
「昨日、考えてみるとさ、ナオのところにも行けばよかったかなぁ。今日、ちゃんとここに来れるといいけど……」
「来れないようなら、和平に縁はなかったってことでしょ」
ユイの返事はそっけなかった。
ただ、否定はない。
「んー。そっかぁ……。そうだよねえ……」
「ナオは大丈夫。ナオは誰にも負けないよ。――だから、クウ」
余計なことはするな、と言われるのかな。
と私は思った。
思ったけど、違った……。
「クウはちゃんと私を守ってね!? 私はひ弱だからね!? ダイ・ダ・モンさんみたいなのに襲われたら潰されるからね、私!?」
「いや、うん。片手で潰せると思うけどね」
自分は弱いと思い込んでいるユイだけど、実際には悪魔に単身で勝てる。
ユイを潰せる人間なんて、この世界にいるかどうか……。
それこそナオくらいだろうか。
「でも、そっかぁ。昨日のダイ・ダ・モンさんのこともあるし、心配だよね。ねえ、クウ、やっぱり様子を見てくる?」
「ナオを信じようか」
自分から言っておいてなんだけど、もう今さらだよね。
行くなら昨日の夜じゃないと。
急報もないってことは、何かあったとしてもナオは乗り切っただろうし。
「安心するのです。様子は見てきたのです。ナオは立派に役目を果たしているのです」
「そかー」
さすがはリト。
ちゃんと見守ってくれていたのか。




