1264 閑話・少女オルデは前夜の晩餐会に出席する
――私は、そう、主人公なのだ。
私、オルデ・オリンスは、トリスティンのギニス侯爵家によって準備された真新しいドレスとアクセサリーに身を包んで、そう自分を鼓舞した。
本当は、自分が主人公でないことは、よーくわかっている。
この世界に主人公がいるとすれば――。
それは薔薇姫エリカ様であり、聖女ユイリア様であり、英雄ナオ・ダ・リムであり――。
あるいは、ソード様――。
そうした超常の人たちに違いない。
私ではない。
でも、自分こそがと思わなければ、なかなか勇気と度胸は持てない。
私は無理やりにでも自分を主人公と思う。
それで前へと踏み出すのだ。
トントントン。
ドアがノックされて、私がいた控室に、執事とメイドの先導を受けて、知的で鋭利で怖そうな中年男性が入ってきた。
私は彼が誰なのかを知っている。
ナリユとの結婚に先駆けて、私の義理の父となる男――。
ギニス侯爵だ。
「この度は、豪華な衣装を準備していただき、本当に感謝いたします、侯爵」
私は丁寧にお辞儀をした。
「侯爵ではない。今夜より私のことは父と呼ぶのだ」
「はい――。義父様」
「うむ。それで良い。正式な手続きは我が領へと戻ってからとなるが、事実上、おまえの物語は今夜から始まる。怖気づいてはおるまいな?」
その問いに、私は笑顔で答えた。
怖いことは怖い。
だけどそれ以上に楽しみだ。
笑顔に嘘はない。
私の笑顔を見ると、義理の父は満足した様子で部屋を出ていった。
必要以外はしゃべらない人のようだ。
義理の父が私との顔合わせを済ませると、私はメイドの手で別室へと連れて行かれた。
そこには他の婦人方と共に、私の義理の母となる人物がいた。
義理の母は柔和な笑みで、私に優しい言葉をかけてくれた。
挨拶は、他の婦人方ともさせてもらった。
皆、表面的には優しかった。
ただ言葉の端々から、私のことを、どこの誰の隠し子かと探っている節を見て取れた。
単なる帝都の庶民が、公爵夫人の立場など得られるわけがないと。
裏には必ず、高貴な血筋が隠されているのだろうと。
婦人方の、笑顔の奥に隠れた、探るような視線が怖かった。
なにしろ私に、そんなものはない。
本当に庶民なのだ。
でも義理の母が、しっかりと私のことを守ってくれた。
ありがたや。
義母には、愛想を振りまいていこう!
挨拶が済むと、私はさらに別室へと連れて行かれた。
そこには若い子たちがいた。
私は彼ら彼女らと、入場までの時間を過ごすようだ。
部屋に入るとすぐ、同年代の令嬢に声をかけられた。
挨拶の後、いきなり言われた。
「ところでオルデさんは、ギニス家のお方とのことですが……。わたくし、今までに一度も貴女のお名前を聞いたことがなくて……。今までは、どこで何をされていたのかしら? もしかしてこうした場は初めてなのかしら?」
それは、ええ……。
友好的な素振りをしつつも、はっきりとわかる嫌味だった。
「申し訳ありません。私の口からお答えすることはできませんので、その質問があったことは父に伝えさせていただきます。父からお聞き下さいませ」
私は最大限に丁寧な態度で答えた。
ふふ。ふふふ!
どうよ!
ギニス侯爵が貴族社会で恐れられる存在であることは、私も理解している。
攻撃されたことを、その父にチクると言ってやったのだ。
「いえ、それには及びませんわ。今の質問は、そう、ただの言葉の流れ。本当の意味で聞いたわけではありません。忘れて下さいませ」
勝った!
令嬢は慌てて否定した!
「いずれにせよ、ギニス家と我が家は同じ歴史ある貴族家。これからよろしくお願いしますね」
「はい。こちらこそ」
私が帝都のただの平民の娘だと知ったら、眼の前の令嬢はどんな顔をするのか。
考えると楽しみだ。
この後は時間まで、他の令嬢の方々も交えて楽しく会話をした。
楽しい言葉の中には何本もトゲがあったけど……。
私は見事に、綺麗に切り返せた。
モッサ先生には、本当に感謝だ。
すべて、モッサ先生から叩き込まれた知識で対応できた。
最後の方には皆、私がちゃんとした存在だと、見事に騙されて信じたようだ。
私、連勝!
でも慢心は厳禁。
モッサ先生にも、いつも言われてきた。
謙虚な態度は忘れないように、十分に注意しよう。
晩餐会が始まる。
主役となるのは、真紅のドレスに身を包んだ薔薇姫エリカ様だ。
気のせいか……。
確実に気のせいだろうけど……。
薔薇姫エリカ様は、帝都で出会った私の尊敬する友人のエリカにそっくりだった。
参加者たちを前に堂々挨拶をされる中――。
不意に目が合うと――。
まるで友人のように微笑まれた気もするけど、それも気のせいだろう。
私の友人のエリカは帝都にいたのだ。
一国の王女が、そんな気楽に他国に来れるはずもないし。
挨拶は、帝国皇太子たるカイスト殿下も行われた。
だけど、私の話はなかった。
エリカ様もカイスト様も、どちらも終戦についてを語られるのみだった。
それは当然だけど。
何故なら明日の終戦を無事に迎えるためのパーティーなのだから。
私のためのパーティーではない。
うーん。
なら、私のことはどうなっているのだろう……。




