1260 ラムス前王との再会2
私は、ラムス前王の屋敷へと行くことになった。
屋敷は、町の基準で見れば立派なものではあったけど、都会の基準から見れば元王の屋敷とは思えない地味な家だった。
テラスのテーブル席に着いて、メイドさんに紅茶を淹れてもらう。
「さて、何から話したものか……。貴女は、どうお呼びすれば?」
「スカイでお願いします」
蒼穹のスカイ。
プリンセス・トラベラーズの偽名だ。
「では、スカイ殿。私のことはロダートとお呼びください。それが今の家名です」
「わかりました、ロダート男爵。それにしても、随分と雰囲気が変わりましたね。最初、誰なのかわからなかったですよ」
「それはこちらも同じす。まさかとは思いましたが」
「あはは。秘密でお願いしますね」
「ご安心下さい。墓まで持っていきます。もはや野心も何もありません故」
「穏やかに暮らしていそうですね」
私は庭に目を向けて言った。
「……ええ。王城での日々が、すべて夢だったと思うほどには」
男爵は穏やかに肯定したけど……。
内心ではどうなのだろうか。
私のことは、恨んでいるのかも知れない。
知れないというか、むしろ、恨んでいて当然だろうけど。
私もよく会話しようなどと思ったものだ。
それどころか私、お礼を言おうと思っていたのだった。
王の時には、面倒事を引き受けてくれて、ありがとうございました、と。
完全な煽りだよね……。
さすがに言えない……。
むしろ、すっかり老け込んで、穏やかに微笑む本人を目の前にすると、申し訳ないことをした気持ちにさえなる。
とはいえ、ラムス前王は処刑されなかっだけマシという人物。
悪魔と共にド・ミ獣王国を滅ぼした人間だ。
政治的な判断で、彼の蛮行はすべて、悪魔に洗脳されて行われていたこと――。
ということになっているけど――。
実際には少なからず、彼と悪魔は共謀関係にあった。
でもそれはすべて、おわったこと。
ナオは納得した。
エリカとユイも承認している。
被害を受けた人たちが納得しているはずはないけど――。
ダイ・ダ・モンの姿を思い出して、私はそれを改めて確信したけど――。
それを眼の前の男爵に言うつもりはない。
すべての蛮行を悪魔のせいにして、トリスティンは生き残った。
政治的には、とっくにおわったことなのだから。
この後、私たちは最近のことを話した。
それは無難な会話だった。
男爵は、今はシイタケの栽培に力を入れて暮らしているそうだ。
なんと自宅の裏庭でも栽培しているのだそうだ。
元王太子のリバースは、今はこの町の領主を務めている。
といっても小さな町なのでたいした仕事もなくて、リバースもシイタケの栽培を頑張っているとのことだった。
今も森に行っていて、自ら栽培所の手入れをしているらしい。
ホント、人は変わるものだね……。
初めて会った時のリバースは、まさに暴君だった。
聖都の門でわめいていたよね……。
あー、そっかー!
これも絶対に言えないけど……。
リバースはリトが性格を反転させて、強制的にいい人にしたのだったよ!
彼については、自分で変わったわけではなかった!
ただ、うん。
そんな変わった彼のことを、男爵は自慢の息子として語った。
息子が自ら変わったからこそ――。
私もすべてを受け入れて、穏やかにここにいられるのだと。
ごめんよお!
本当は、自ら変わったわけではないのお!
と、私が内心で悶えていると……。
「旦那様! 大変です!」
使用人の老紳士がテラスに走り込んできた。
「どうしたのですか。君ともあろう者が珍しく騒々しい」
「一大事です! リバース様が――。ご領主様が森の栽培所で何者かに襲撃を受けて――。大怪我をなさいました!」
「なっ! なんだと! 息子は!?」
「今、屋敷に連れてこられまして。幸いにも息はありますが……。このままでは……」
「申し訳ない、スカイ殿。急用が出来たようだ。また会える日を楽しみにしている。終戦条約の無事の締結を祈っている」
男爵は席を立つと、そのままテラスから走り去った。
私は1人、テラスに残された。
リバース前王太子は、ロクでもない人間だった。
恨まれて当然の人間だった。
多くの人間を虐げて、多くの人間の生命や財産を奪ってきた人間だった。
基本的に玉座にいて自ら手を汚すことのなかったラムス前王とは違って、彼は自ら蛮行に及ぶことも多かったという。
死んで当然。
そう思う人間は、特に獣人にはさぞかし多いことだろう。
だけど……。
放ってはおけない。
白仮面をつけて、衣装を神子装束に切り替え――。
私はソードとなった。




