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126 閑話・この私を、誰だと思っている!




 クソが!

 どうしてこのようなことになっているのだ!


 私はウェルダン・ナマニエル。

 つい最近までは、天下のウェーバー商会の幹部の1人として貴族にも負けないほどの権勢を誇っていた男だ。

 ゆくゆくは幹部のトップに、いや頭取の引退後はこの私こそが頭取となってもおかしくはない男だった。

 それが今は1人、暗い拘置所の中でしゃがみ、爪を噛んでいた。


 心の底から喚き散らしたい。

 力の限りに鉄格子を叩いて、ぶち壊してやりたい。


 だけどそんなことをしても心証が悪くなるだけで何の解決にもならない。


 今はじっと、耐えるしかなかった。


 何故なら私は無実なのだ。


 きちんと調査されれば、それは証明されるはずなのだ。


 鉄格子が開く。

 私は取調室に連れて行かれた。


「――だから、何度も言っているではありませんか。

 私は騙されたのです。

 いや、陥れられたのです。

 意図して毒物など取引したことはありません。

 私が売ったのは、ただの悪戯用の笑い薬と、一般向けの強化薬、それに無害な小型のスライムのはずなのです」


 そう。

 これが真実なのだ。


 私にへりくだって近づき、どんな薬でもご用意しますとのたまった男。

 男はトリスティン王国から来た薬売りの旅商人だと名乗った。

 最初は適当にあしらって相手にするつもりもなかったが、アロド家の御令嬢からの相談が偶然にも入った。


 トリスティンは帝国とは倫理の異なる国だ。

 獣人や亜人を効率よく支配するために、様々な薬品が作られている。

 トリスティンの薬売り自体は珍しい存在ではなかった。

 帝国でも合法なものを、たまに売りに来ている。


 私はそれを買った。

 スライムも男から一緒に買った。


 アロド家の御令嬢は、私が幹部から平社員に降格しても声をかけてきてくれた大切なお得意様だ。

 要望には最大限に応えたかった。


 男が用意した品は、まさにうってつけのものだった。


 もちろん鑑定はした。

 普通に魔術をかけて、普通に効果を確認した。


 思えば、そこが失敗だった。


 なんと品物には、偽装の魔術がかけられていたというのだ。

 深く鑑定すれば防げたのだ。


 さらに男は、私に品を売った後すぐに帝都を発った。

 私が呼び出したのが、ちょうど出立の日だったのだ。

 これも不味かった。

 男さえいれば、私がしつこく尋問されることもなかっただろうに。



 ただそれでも、なんとか釈放してもらえた。


 私は帝都生まれの帝都育ちだ。

 今までずっとウェーバー商会で必死に働いてきた。

 身元はしっかりしている。

 保証人もいる。

 お金も払うことができる。


 あとは、魔術師と『女神の瞳』による鑑定で、嘘はついておらず逃亡の可能性もないと判断されたお陰か。


 また呼び出されることもあるそうだが。


「ハァ……」


 ため息がこぼれる。


 1人、トボトボと通りを歩いた。


 これから先のことを考えると気が重い。


「クソウッ!

 それもこれも、全部、あの店のせいだ!

 なにがふわふわ工房だ!

 なにが美少女だ!

 売り物でもないのにこれみよがしに剣を出しよって!」


 あの店のショーウィンドウでミスリルソードを見つけるまで……。

 何もかもは順調だったのだ。


 私は快調に売上を伸ばし、ついに幹部となり。


 いよいよこれからというところだった。


 まさか、喧嘩を売った相手が、よりにもよって皇妃様とは。


 まさか、アロド令嬢の悪戯相手が皇女様とは。

 私は商品を渡すまで、誰に使うのかを本当に知らなかったのだ。

 優秀な商人は、余計なことを聞かないものだ。

 それも仇となった。


「だぁぁぁぁぁぁ!」


 私は悔しさのあまり地団駄を踏んだ。


 いつの間にか日が暮れて、すっかり夜となっていた。


 空腹を感じる。


 陽気な笑い声が聞こえる。

 近くの大衆食堂からだ。


 看板には、『陽気な白猫亭』とある。


 今までなら歯牙にもかけない、凡人どもが飲むための場所だ。

 だが今は、私にもお似合いだ。


 もはや、エリートでいることはできないだろう。


 私は店に入った。


 すると、なぜか、10代前半としか思えないまだ幼い少女の声が響いた。


「よーし! 3番! クウ! 花のように咲きます!」


 空色の髪をした見覚えのある少女が、テーブルの上に立って、両手を広げて、


「はい咲いたー!」


 なんて言っている。


 芸とも呼べないくだらない何かだ。


 だけどそれで、店内は大いに盛り上がっていた。


 間違いない。


 あれは、ふわふわ工房の店員だ。


 思わず睨むと、視線が合ってしまった。


「あれ?」


 私に気づいた少女が、テーブルを降りて私に近づいてくる。


「ナマニエの人だよね?」

「私を肉か何かと同じ感覚で呼ぶな!」

「もう出てきたんだ?」

「フン。当然だ」


 クソ。

 こんな少女にまで、私の不祥事は伝わっているのか。


「おー、クウちゃんの知り合いー? って、ウェルダンじゃん!」

「――キャロンか」


 何故か、ウェーバー頭取の護衛、凄腕の女戦士キャロンまでもが店の中にいた。


「ん? キャロンさんも知ってる人なの?」

「知ってるも何も、アタシの仕事先の人さ」

「へー。世間って狭いんだねー」

「クウちゃんは、どうしてウェルダンのことを知ってるの?」

「前にねー、無理やりうちの商品を買おうとしてさー。怒鳴られたんだよー」

「えー。なにやってんの、ウェルダン! この子、アタシの精霊ちゃんだからヤメてよねそういうの!」


 騒がしい。

 この店はダメだな。

 帰ろう。


「まあいいか、せっかく来たなら、さ、飲もうぜー」

「おい、離せ! 私を誰だと――」

「ただの平社員でしょー」

「くっ……」


 気安くキャロンに肩を組まれて私は振りほどこうとしたが、無理だった。

 筋力が違いすぎる。

 そのまま店の中に連れて行かれてしまう。


「せっかくだし、ナマニエルのナマニエ話でも聞きますかー。

 ねーねー、あれから大変だったんでしょ?」


 クウという空色の髪の少女も私と同席するつもりのようだ。


「大変などという言葉で片付けられてたまるか! おまえのせいで私がどれだけの迷惑を受けたと思ってるんだ!」

「えー。私のせいなのー? 何がー?」

「おまえが! あんなものを飾ってさえいなければ!」


「まーまー、まずは飲もう」

「クソが!」


 キャロンが置いた安酒を私は一気に飲む。


 安酒が全身に染み渡る。


「いやでも、私のせいじゃないよね? どう考えても自業自得だよね?」

「だいたいどうしてあんなところに皇妃様がいたのだ!」

「お買い物のため?」

「なぜだ!」

「買いたかったから?」

「この私を誰だと思っている! ウェルダン・ナマニエル様だぞ!」

「うん。知ってるよ。ナマニエなのにこんがりだから、印象深かったし」

「私はこんがりではない! 生煮えでもない!」

「なら何?」

「私は、ステーキはいつもレアだ!」

「そかー」


「あはははは! ウェルダン、アンタ、けっこう面白いね!」


「私は面白くなどない!

 まったく、ステーキの食べ方も知らない小娘どもが偉そうに……」


 もういい自棄だ。

 この小娘どもに、私の怒りをすべてぶつけてやろう。


「いいか! 私は不死身の男だ! まだ負けん! まだ負けんぞ! 燃え尽きても炭になるのがこの私なのだ!」

「おー! 炭の男! カッコいい!」

「あはははは!」


 キャロンめ、他人事のように笑いよって。


「ねーねー、アレやってアレ!」

「アレとはなんだ?」

「決め台詞だよ、さっきの決め台詞。この私を的なアレをしてください!」

「え。なにそれ? アタシにも教えて?」

「えっとね、さっきの――」

「あー! ウェルダンの口癖ね!」


 いいだろう。

 景気づけだ。


「いくぞ! 声を合わせろ!」

「おー!」


 酒の注がれたジョッキを私は掲げる。


「「「この私を、誰だと思っている!」」」



 その夜、私は遅くまで騒いだ。



学院祭編はこれにて終了です。

最後までご覧いただきありがとうございましたっ!

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― 新着の感想 ―
案外ノリ良くて笑う
2025/06/17 23:11 退会済み
管理
七難八苦のウェルダンかな? いつか不死鳥ウェルダンになるんだろうか
[一言] がんばれー!
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