1258 すき焼きを考える
「普通でいいんじゃないのー?」
私は言った。
はい。
ユイちゃんが振る舞うというすき焼きのことです。
「はっきり言ってさ、みんな、ユイの手料理ってだけで大感激して、絶対に、至高にして究極の料理だって絶賛すると思うよ」
「ねえ、クウ」
「なぁに、ユイちゃん」
「それだと、勝負にならないよね?」
「なんの?」
「至高と究極って、一緒にしたらダメだよね!? それって親子対決だよね!?」
「……それ、どこのグルメマンガのネタ?」
「クウが言ったことだよね!?」
「私は言っていません。今のはただの普通の言葉です。そもそも聖女ともあろうものが無闇に叫んではいけません。はしたないです」
「それは大丈夫だと思うよ?」
「どうして?」
「だって、この私にはしたないなんて言える人間がいると思う? 私の行いこそが、すべての行動の正解で見本なのに?」
「それなら、やっぱり普通でいいよね? 普通でも正解で見本になるんだからさ」
うん。
「うえーん! 私を見捨てないでよー、クウー! なんとかしてよー! 私の聖女としての威厳と尊厳と有能さをもっと真面目に死守してよー!」
「えーい! すがりつくな!」
再び抱きついてきたユイを引き離して、私は息をついた。
「まったく。しょうがないなー、ユイ太くんは」
「いいアイデア浮かんだ?」
「今から考えようね?」
仕方がないので、ちゃんと考えてみた。
すき焼きねえ……。
以前に話し合った時には、魯山人風すき焼きという名前が出たよね、確か……。
残念ながら私たちは、魯山人風すき焼きという名前は知っていても、それがどんなものなのかを具体的には知らなかったけど。
他にすき焼き……。
正直、思いつかない。
だってすき焼きは、普通にすき焼きとして食べても美味しいしね。
「というかユイ! それどころじゃないって!」
「ねえ、クウ」
「……なぁに、ユイちゃん?」
「叫ぶなんてはしたないよ? クウも年頃なんだからさ」
「どの口が言うか! ていうか、年頃だって叫ぶよね! むしろ年頃だからこそ!」
「で、なに? 難しい話はやめてね?」
「あのさ、ユイ」
「なぁに、クウ」
「聖女ユイリア様以外の誰に、難しい話をしろと?」
「ナオとか」
「残念だけどナオは当事者です」
「じゃあ、エリカ」
「残念だけど、エリカは中立の立場です」
「じゃあ、もう、例のナリユキだけのナリユさんでいいよね?」
「その件です」
こほん。
私は気を取り直して、先程の件を話した。
ダイ・ダ・モンのことだ。
むしろ話し合って、再発防止の対策を練るべきなのはそちらだ。
私の意見を聞いて、ユイは言った。
「それなら尚の事、最高のすき焼きを振る舞って、帰結させないとね。クウ、さあ、早く至高にして究極のすき焼きを考えて?」
「そこに戻るのね」
私はため息をついた。
とはいえ、確かに、ユイのすき焼きで閉める調印式は悪くない気もする。
本当にそれが人々の心を癒やすのかも知れないし。
私は考えた。
結果、結論は最初と同じだった。
「やっぱり、普通のすき焼きでいいと思うよ、私は」
「えー」
ユイは顔をしかめたけど……。
「だって、さ。平和な日常に帰る願いを込めて、振る舞うんだよね。それなら、豪華でも絢爛でもある必要はないよね」
「それは……。うん、そうかもだね……」
「あと、そもそも、なんにも思いつかないし。すき焼きはすき焼きでいいよね」
「それも、うん、そうだよねえ……。各国の素材を使うんだよね」
「決まりね!」
早速、準備しようということになった。
肉は、ド・ミ新獣王国産。
ネギを始めとした野菜は、ジルドリア王国産。
調味料は、リゼス聖国産。
ご飯もリゼス聖国産。
あとせっかくなので、帝国からは辛味スパイス。
あんまりいらないかもだけど、お好みで振りかけてもらおう。
ちなみにすべて、私のアイテム欄に入っている。
なんだかんだ準備は万端なのです。
いえ、はい。
手当たり次第に買って、適当に放り込んでおいただけなのですが。
私の固有技能『ユーザーインターフェース』に搭載された異次元収納『アイテム欄』には、いくらでも物が入ってしまうのだ。
正確には、いくらでもではなくて99999枠までだけど。
前世のゲームキャラ時代には250枠までだったけど、転生の時にアシス様がサービスしてくれたみたいでそうなっていた。
すごいよね。
ありがたく使わせてもらっている。
私はまさに歩く大倉庫なのだ。
「トリスティンはどうする? トリスティンって何が産物だっけ?」
私はユイにたずねた。
「知らない」
「そこは知ろうよ!」
「クウが知ってよ!」
「そこはユイでしょ」
「なんで!? 私、クウに丸投げしたよね!? 受け止めてよ! 私のすべてをちゃんと受け止めてくれないと、私、泣くからね!?」
「泣かなくていいから、なんでもしようね?」
「わかった。なんでもする」
「じゃあ、考えて?」
「クウ、お願いね?」
なんでもタイム、まさかの3秒で終了。
まったくもう。
「リトが神官たちに聞いてくるのです」
結局、リトが気を利かせて、下の階にいたヒトたちに聞いてきてくれたけど。
トリスティンではキノコがよく採れて、栽培もしている地域が多いらしい。
なのでキノコが良いのではないかということだった。
ただ残念ながら、トリスティン産のキノコは私のアイテム欄にはなかった。
トリスティンでは買い物をしていないしね。
「クウ、買ってきてもらっていい?」
またわがままなことを言って。
と言いたいところだけど、買い物についてはやむなしだろう。
私は急いで、トリスティンの適当な町に向かった。
落ち着く暇もないです。




