1257 聖女ユイリアの怒り2
そう。
ユイが怒るのは、常に、自分の面倒を見てくれなかった時!
普段、どれだけ聖女ぶっているとしても……。
大陸中で尊敬されて、敬愛されて……。
誰より世界の平和を……。
誰より人々の安寧を祈っている存在だとされていても……。
ユイは常に自分第一!
いや、うん。
常にではないか。
身内から見れば、だけの話か……。
ユイは、甘えられる相手には、徹底的に自分本位になる子なのだ!
私の勘は当たっていた。
「どうでもいいことのわけないでしょ! どうなっているのよ、いったい! 明日はもう当日なのに私のユイリア風すき焼きは!? ねえ! 私のすき焼きはどうなっているの! 私は、明日はみんなにすき焼きを振る舞うんだよね!? そういう話だったよね!? どういうレシピですき焼きを作ればいいのよー!?」
「あのさ、ユイ……。私、ついさっきまでね……。真剣に、この世界の平和のために、頑張っていたんだけどさ……」
「そんなことより私のすき焼きでしょー! 私のすき焼きのお世話もせず、真剣にとか平和のためにとか、どうでもいいよね、完全に!」
えー。
信者たちが聞いたら卒倒しますよ、その本音。
私はね、うん。
そんなユイちゃんの本質は知ってたけど。
とっても悲しいことながらも……。
「一応、クウちゃんさまに言っておくと、ユイはずっと大忙しだったのです。人々のために国のために働き続けていて、すき焼きのことを考える暇もなかったのです」
「ならリトが考えてあげればよかったよね?」
「何を言っているのですか、リトも大忙しだったのです。だから前日になって、いきなり神官たちに明日の聖女様の手料理が楽しみです、と言われても、なんのことかすぐにはわからなかったのです。当然の帰結なのです」
「つまり、2人そろって完全に忘れていた、と?」
「違うのです。そういう些事はクウちゃんさまの役目というだけのことなのです。さっさと最高のすき焼きを提示しろなのです」
「あのね」
さすがの私も呆れましたよ、このコンビには。
とはいえ、ユイが休みなく働いていることは知っている。
リトも、ユイの右腕として聖国で働き、同時に大精霊としての仕事もこなしている。
まあ、うん。
本当に忙しかったのだろう。
だからといって、今、私に丸投げされても困るけど。
「ねえ、ユイ。準備できていないなら、もういっそ、すき焼きなんてやめれば?」
「ねえ、クウ」
「なぁに、ユイちゃん」
「私、もう言っちゃったよ……?」
「何を?」
「関係者の人たちに。式典では、今日からの平和を願って私が手料理を振る舞いますって。楽しみにしていて下さいね、って」
「そかー」
「どうする?」
「さあー」
「ねえ、クウ」
「なぁに、ユイちゃん」
「クウのせいだからね! これで平和が壊れたらクウのせいだからね! うえーん! なんとかしてよクウえもーん! このままじゃ、私のパーフェクトスーパーデラックスな聖女様のイメージが崩れちゃうよー!」
「いっそ崩れた方がよくない? 楽になると思うけど……」
「イヤー! 楽にはなりたいけど、それはイヤなのー! 私はー! みんなに好かれて、みんなにチヤホヤされるユイちゃんでもいたいのー!」
なんてワガママな。
「さあ、クウちゃんさま。とっとと解決するのです」
リトが腕組みして偉そうに言う。
「クウー! 私を見捨てないでー! 見捨てたら10年恨むからー!」
「あ、たったの10年でいいんだ?」
精霊的には大した時間ではないような。
「え?」
「え?」
「こほん。1000年恨みます。私は! クウを! 1000年恨むからー! うえーん! どうして見捨てるようなことを言うのよー! 私とクウの永遠の友情はー! 1万年経っても変わらない絆は、いったい、どこに行っちゃったのよー! 酷いよー!」
「あーもう! くっつくなー!」
すがりついてきたユイを引き剥がして……。
一瞬、面倒くさすぎて、空の彼方に蹴っ飛ばしてやろうかと思ったけど……。
私は気合で我慢した。
なにしろ相手は、ただのユイではないのだ。
カメの子の2号ではないのだ。
人々の尊敬と信頼を一手に集める、聖女のユイリア様なのだ。
「とにかく考えてみようよ。聖女らしいすき焼き、だよね……」
何かないか……。




