1255 笑い声が響いて
「パワーワード。我、クウ・マイヤが世界に願う。我に力を。
――リムーブ・カース」
昏倒して動かない熊族の戦士ダイ・ダ・モンに、私は力を込め、解呪の魔法を使った。
ダイ・ダ・モンの体から禍々しいモヤが浮かび上がって――。
消えた。
ダイ・ダ・モンの想いはわかる。
それが本当だとも私は理解した。
だけど現実として、邪神の力に侵食もされていた。
だからこそ、和平のためにファーネスティラに来たというのに、平常心を保てず、国の重鎮ともあろう者が暴挙に出ようとしていたのだ。
「ふう」
私は息をついた。
肉体的にというより精神的に疲れた。
とはいえ、まだおわれない。
私はダイ・ダ・モンにかけた『昏睡』の魔法を解いた。
戦士はすぐに目覚める。
「これは……。いったい……」
彼はまず、天井の崩れたホテルの部屋に驚き……。
そして、半身を起こすと頭に手を添えて、軽く頭を振って――。
それから私を見た。
「ああ、そうか……。俺は精霊殿に攻撃して、手も足も出ずにやられたのだな」
ダイ・ダ・モンが自嘲気味に笑う。
「手も足も、ではなかったけどね」
私は肩をすくめた。
ちなみに私は、普通に立っている。
ダイ・ダ・モンは座っている。
だけど視線の高さはたいして変わらない。
なにしろダイ・ダ・モンは、獣人にしても大男なのだ。
私の身長は平均的な12歳の女の子。
それこそ普通なら、私なんて片手でぺしゃんこにされるほどの体格差がある。
「精霊殿もまた――。わかってはいたが、選ばれし者なのだな――」
「気分はどう? 心のモヤは晴れたよね?」
「モヤ……か。俺は――」
「君は、邪神の声に取り憑かれていたんだよ。君の想いは本物だけど――。それを否定することはしないけど――。でも、増幅されていたことは事実だよ」
「そうか」
私の言葉に、ダイ・ダ・モンはうつむいて短く答えた。
それは、肯定か否定か。
わからないけど、少なくとも落ち着いてくれているようで私は安心した。
「――ねえ、ダイ・ダ・モンさん。落ち着いたところで、考えてみてほしいんだけどさ」
「何をだ?」
「ナリユ卿のこと。彼、本当に無能でどうしようもないけどさ、逆に考えると無能だからこそ良いこともあるよね? 彼がトップでいる限り、トリスティンは不安的にまとまり続けて、力を取り戻すことはないだろうし」
今のトリスティンは、騎士団長の地位からクーデターで王家を追放して成り上がったドラン氏が実効支配をしているけど……。
ドラン氏には、貴族たちを叩き潰すだけの力は、今のところない。
なので名目上のトップを由緒正しき公爵家のナリユとすることで貴族たちの反感を抑え、かろうじて国をまとめている。
貴族たちは、表面的にこそ貴族連合の一員としてドラン氏に協力しているものの、実際にはそれぞれに力を蓄えて地方自治化が進んでいる。
その現状が続く限り、トリスティンが新獣王国の脅威となる可能性はないのだ。
私はそのことをダイ・ダ・モンに語った。
するとダイ・ダ・モンは言った。
「脅威などは、トリスティン自体を滅ぼしてしまえば、より簡単に消せるのだがな」
「悪いけど、それをされると周辺国が迷惑するんだよ」
なにしろ難民が溢れる。
彼らの押し寄せる先は、なんといってもユイのいるリゼス聖国。
小国ながら、平和で豊かで安定しているしね。
なにより頼れる聖女様がいる。
リゼス聖国としては、聖女様としては、精霊神教の信者であれば、逃げてきた者たちを冷たく拒むことはできない。
でも、大量に逃げて来られたら、リゼス聖国はパンクする。
リゼス聖国は小国だしね……。
ちなみにジルドリア王国では、とっくにトリスティンからの入国を規制している。
エリカは前世の知識を元に、そのあたりは素早く冷酷に判断していた。
ユイが愚痴っていたけど……。
現状でも聖国の聖都アルシャイナでは、トリスティンから逃げてきた人たちが様々なトラブルを起こしているらしい。
聖女親衛隊『ホーリー・シールド』も大忙しなのだそうだ。
『ホーリー・シールド』といえば、私とも因縁浅からぬ――というほどの関係ではないけど、少しは顔見知りのメガモウも頑張っている。
メガモウは……。
暴れ牛から、立派な闘牛へと成長しているのだ……。
なんだか感慨深いのです。
それはともかく。
ユイとしては、そんなわけで、トリスティンに崩壊してもらっては困るのだ。
なんとしても国として残して――。
人々が押し寄せてくることを避けようとしているのだ。
「――それに聖女ユイリアは、これ以上、民の血が流れることを望んでいないんだよ。もちろん偉大なるセンセイもね」
さすがにハッキリとは言えないので、そういうことになっている。
「センセイ、か……。ナオ様だけでなく、聖女ユイリアの師匠でもある大賢者……。神に近き至高の存在か……。精霊殿も見知っているのか?」
「え。あ。えっと……」
もちろん私は、センセイが何者なのかは知らない。
なにしろ私ではない。
どこかの誰か的な感じで言っている。
「ああ、済まん。その正体は、決して口外できないのだったな」
「え。あ。うん」
私はしどろもどろにうなずた。
よかった!
素晴らしい設定をありがとう!
「……いずれにせよ、我らとて聖女ユイリアとの敵対は望んでいない。かの聖女が同胞に高度な教育を与えてくれたお陰で、我らは急速に国を成すことができた。その恩は忘れていない。それに俺とて精霊様への信仰心はある。――精霊殿にこれを言うと、妙な気分になるが。妙と言っても決して悪い意味ではないがな……」
「あはは」
それはわかる!
みんなの信仰する精霊様って、ほぼ神様だしね!
私とは、かなり違うのは確かです。
「先ほどは失礼した。明日の調印式には、予定通り出させてもらおう。……あの男の平和ボケした嫌な顔も、我が国の安定の一因になるのだと思えば我慢できる」
「うん。お願いね」
私がうなずくと、ダイ・ダ・モンが小さく笑った。
と思ったら、豪快に笑い始めた。
どうしたのかと思ったら、
「しかし、まさか精霊殿の口からあの男は無能だという言葉が出るとは思わなかったぞ! しかも置いておいた方が役に立つなどと道具のように言うとは! がははは! その言葉だけで最後の燻りも消えるというものだ!」
とのことだった。
これは一応、否定まではしなくとも、訂正した方がいいのだろうか。
明らかなナリユ卿への侮辱発言だったね……。
とも思ったけど……。
まあ、いいか。
客観的にも心情的にも事実だし、私も一緒に笑うことにした。
ともかくダイ・ダ・モンは落ち着いてくれた。
二言はないだろう。
私は、ほっと息をなでおろした。
あとは、うん……。
宿の修復だね……。
私は頑張って、木工技能の『修復』スキルを使って、壊れた天井と床を直した。
幸いにも綺麗になってくれた。
なんなら、元より丈夫になったかも知れない。




