1250 閑話、オルデ・オリンスの旅立ちの朝
今日は1月の9日。
トリスティン王国とド・ミ新獣王国の終戦調印式を明日へと控えた朝――。
私、オルデ・オリンスの元にも、大宮殿からの迎えの馬車が来た。
「じゃあ、行ってくるね。お父さん、お母さん」
「ああ……。未だに信じられないが、大宮殿からお迎えが来るなんて、やっぱりすべて夢ではなく本当のことなんだな……」
「何を言っているんですか、お父さん。たっぷり支度金までもらっておいて。それにそもそもオルデは大宮殿のパーティーにも参加したでしょう」
「そうよね」
お母さんの言葉に同意して私は笑った。
「はぁ。何かあったら、すぐにでも帰ってくるんだよ」
「また何を言っているんですか、お父さん。帰ってこれるはずがないでしょう。それにそもそも今日でお別れではないのだから。……今回は、まだ帰ってこれるのよね?」
「多分ね」
お母さんの言葉に今度は肯定できず、私は肩をすくめた。
正直、私は私の運命を知らない。
とりあえず私は、明日の調印式に出席する。
それだけを知らされていた。
私は、いつからトリスティンで暮らすことになるのか。
私は、ナリユとの結婚に先駆けて、貴族家の養女になるそうだけど……。
日程については、皇妃様も知らないと言っていた。
すべてはセンセイの意思次第……。
あるいはなので調印式がおわって、そのままトリスティンに行くかも知れないから別れは済ませておきなさいと言われた。
なので私は、言葉を言い直した。
「お父さん、お母さん、元気でね。これで向こうに行くことになっても、私は元気でやっていけると思うから。贅沢な暮らしをする予定だしね」
できれば本当に、ちゃんとスケジュールくらい教えてほしかった。
なんとも中途半端な別れになってしまった。
「モッサ先生も、本当にお世話になりました」
見送りには先生も来てくれていた。
あと、門下生のみんなも。
門下生のみんなとも、この半年ですっかり仲良しだ。
みんな、私と一緒に先生から礼儀作法を学んで、どこへ出しても恥ずかしくない、立派な執事候補へと成長している。
「オルデさん、貴女はこの半年で、十分に淑女として成長することができました。貴女が学んできたのはトリスティン王家正統の礼儀作法です。堂々と振る舞いなさい。礼儀さえ忘れなければ、貴女の道は必ず拓けていくはずです」
「はい。先生」
私は先生と握手を交わした。
喉の奥まで出てきた……。
トリスティンでも力を貸して下さいという言葉は、頑張って飲み込む。
それは以前に断られている。
私は馬車に乗った。
お父さんとお母さんとモッサ先生たちの見送りを受けて、馬車が出発する。
私の荷物は、片手で持てるバッグひとつだ。
中には私の宝物が入っている。
調印式に着ていく衣服や旅の道具は、すべて大宮殿で準備される。
私は今日――。
これから大宮殿で着替えを行って――。
午後にはソード様の魔法で、終戦調印式の会場となるジルドリア王国の避暑地ファーネスティラへと瞬間移動をする。
そして、夜には晩餐会に参加して、ナリユと再会する。
私は心の中で強く願った。
ナリユ、本当に頼むわよ……。
私をちゃんと守ってよね……。
晩餐会には、聖女ユイリア様と薔薇姫エリカ様が出席すると聞いている。
多分、彼女たちと面した時のプレッシャーは、先日の新年会でディレーナ様に引き回された時の比ではないだろう。
私は十分に訓練してきたつもりだけど……。
耐えられる自信はない……。
新年会の時で限界だった。
新年会で貴族令嬢に囲まれた時には、足が震えて倒れる寸前だった……。
ディレーナ様もオーレリア様もエカテリーナ様も、演技の後は、皆様、私に嫌味を言う事もなく親しくしてくれたけど……。
それでも、私はそうだったのだ。
今夜は、間違いなく、それ以上のプレッシャーに晒されるのだ。
なにしろ相手は、この時代を代表する、歴史に残るようなご令嬢たちだ。
気が重いどころか、潰れてしまいそうだった。
大宮殿に到着した。
私はすぐに更衣室に通され、着替えと化粧が始まる。
身支度の整ったところで皇妃様とお会いする。
皇妃様は常に柔和でお優しくて、最初こそ私は緊張しまくっていたけど、何回か会う内に今ではそれなりに慣れた。
まずはあらためてお礼を言う。
するといつものように言葉は返ってきた。
「貴女が気にする必要はありませんよ。センセイとの友好のためですから」
センセイという存在は、重要な場面で常に出てくる。
私の運命を握る存在だ。
だけど私は、未だに会ったことがない。
どこの誰なのかも知らない。
センセイについてを語るのは間違いなく禁忌だ。
なので私も聞かない。
皇妃様からは、帝国使節団の長となるカイスト皇太子殿下をあらためて紹介された。
さらには使節団に参加する帝国公爵バルター・フォン・ラインツェル閣下も。
挨拶しつつ、思う。
本当に私は、どこにいるのだろう、と。
緊張していると皇太子殿下に笑われた。
「オリンスよ、今からそこまで緊張していては身が持たんぞ。集合時間までは、人目など気にせず自由にしていろ」
私はロビーで1人になる。
1人といっても、メイドさんが5人もうしろには付いているけど。
奥庭園なら散歩して良いとのことだったので、そうさせてもらうことにした。
じっとしているより、よほど気楽だ。
歩きつつ、私は頑張って決意を固める。
やるしかないよね!
私はついに、真のお嬢様になるのだ!
聖女ユイリア様だろうが薔薇姫エリカ様だろうが、渡り合ってみせる!
のは無理かも知れないけど……。
うん。
無理だよね、わかる。
一般の令嬢には、絶対に負けるものかっ!
私の華麗なる人生の第一歩、必ず成功してみるんだからね!




