125 でも、笑ってくれたから。
「――それで、あらためておたずねしますが、貴女はいったい誰なのかしら?」
「私はクウ。ただの精霊だよ」
やっと笑ってくれたので、私は一息をついて席に戻った。
「ただの、で表現できる存在ではないですわね。精霊様と言えば、わたくしたちが日々に祈りを捧げる対象です」
「ディレーナさんはどう思う? 信じる? 信じない?」
「少なくとも、貴女がただの少女でないことは理解できていますわ。そう言えばまだ伝えていませんでしたわね。先程は本当に助かりました。おかげでこうして無事に青空を楽しんでおりますわ」
「どういたしまして」
お話もしてくれるようになった。
よかった。
やっぱりアレだね。
お笑いは正義!
「でも、なんで1人でこんなところにいるの?」
「わたくしとて、たまには1人になりたいこともあります」
「どうして?」
「……随分と踏み込んでくるのですね、精霊様は」
「だって気になるし。ディレーナさん、どう見てもそんなタイプじゃないよね」
「精霊様の目にわたくしがどう見えているのかは知りませんが、心外な言われようだと言っておきますわ」
「そうなんだ。ごめんね」
ディレーナさん、どうしたんだろうか。
まあ、どうしたもなにも、企みに失敗して死にかけて、不問になったものの弱味を握られたわけだから、黄昏もするか。
「わたくしからも、再び質問をいいかしら?」
「いいよー」
「もしかして、精霊様なのかしら。わたくしたちを眠らせたのは」
瓶の中身をすり替えた時のことかな。
「うん。そうだよ」
うなずくと、ディレーナさんが楽しそうに笑った。
「そうですわよね。あんなに不思議な出来事が、ただの偶然、近くで魔道具が暴発して起こるわけがありませんでしたわよね。あの時にもう少し慎重になっていれば、わたくしも失敗をせずに済みましたわね」
「まあ、今度からは正々堂々、お嬢さま力で勝負することだね」
それなら邪魔はしないからさ。
たぶん。
「ええ。次があればそうさせていただきますわ」
「いくらでもありそうだけど」
舞踏会とか晩餐会とか。
「あ、でも、うん。次はないのが一番だけどね。アリーシャお姉さまとは、仲良くしてもらえると嬉しい」
「考慮はさせていただきますわ」
「あはは……」
悪役令嬢らしくはあるけど。
アリーシャ派の私としては、困ってしまう発言だ。
「――次があれば、ですが」
「あの、もしかして問題があるんですか? 今回の件は何事もなかったってことになったはずですけど」
「表面上そうしていただいたことには感謝します。しかし、お父様には事実を報告して処罰を受けるつもりです」
「……私のことは隠しといてもらえると嬉しいけど」
「承知しているつもりですわ」
「お願いね」
ウェルダンは捕まっているし、完全になかったことにはできない。
いずれ報告はいるのだろう。
ディレーナさんはそれ以上言わなかったけど、学院をやめて、幽閉みたいな生活をすることになるんだろうか。
なんとなく、そんな気がしてくる。
うーん。
自業自得なんだけどね……。
下手をすればブレンダさんとメイヴィスさんは大怪我、アリーシャさまなんて麻薬を飲まされるところだったし。
仕方がないよねえ……。
でも、うん……。
笑ってくれたしなぁ……。
笑ってくれたよねえ……。
まあ、いいか。
このまま見捨ててさようなら元気でね、じゃ、なんか嫌な感じが残るし。
私はアイテム欄から指輪をひとつ、取り出した。
2つの効果を付与したシルバーリングだ。
以前、陛下たちにあげたものと同じ――。
「これ、あげる」
「……わたくしに、ですの?」
「うん」
ディレーナさんの手に、指輪を握らせた。
「これは……」
自分の手のひらの上でディレーナさんはそれを見つめる。
「もしかして、アリーシャがしているのと同じ……。
精霊の指輪……ですの……?」
知っているようだ。
お姉さまがマウント取りに使ったことがあるんだね、きっと。
「うん。報告した後で、それを見せるといいよ。精霊がディレーナ・フォン・アロドを許した証としてね」
「……わたくしを……許した……?」
「まあ、なんとか生き延びてよ。悪役令嬢はしぶとくて懲りないものでしょ。あ、懲りてはくれると嬉しいけど」
「悪役令嬢とは、随分な言いようですわね」
「あ、えっと」
しまった失言だったか。
「アリーシャ側から見れば、そういうものでしょうが」
「あはは」
私は笑ってごまかす。
「これはありがたくいただきますわね。
――そして、
ひとつよろしいかしら」
身を起こして、ディレーナさんが私の正面に立った。
「はい、なんですか?」
たずねると、ディレーナさんが私の前で身をかがめ、膝をついた。
「――感謝いたします。
そして、精霊様に懺悔いたします」
「いいよー。さっきも言ったけど、精霊さんは許しました。もうあんなことしちゃダメだからね」
「はい――。
約束いたしますわ」
「ほら、誰かに見られると問題だし、もう立ってください。そもそも簡単に膝を折るものではないですよ、特に悪役令嬢は」
あ。
また悪役令嬢って言ってしまった。
「あ、いえ。えーと。お嬢さまです! お嬢さまっていうのは、です!」
「そうね。そうですわね」
ディレーナさんが立ち上がる。
「ねえ。精霊様のことは、クウ様と呼んでもよいのかしら?」
「はい。あ、でも、アレかな。みんなと同じように、クウちゃんって呼んでもらえると嬉しいですけれど」
意外と好きなんだよね。
ちゃんで呼ばれるの。
「わかりましたわ、クウちゃん。わたくしのことも、ディレーナと気軽に呼ぶことを許して差し上げますわ」
「……えっと、ディレーナさん?」
「2人の時はそれでいいですけど、公の場でわたくしをさん付けで呼べば同派閥の者が不快に思います。そうですわね――。アリーシャと同じように、わたくしのことはお姉さまと呼んで下さるかしら」
「わかりました。ディレーナお姉さま」
私が見上げてそう言うと、ディレーナさんは満足したように微笑む。
そして颯爽と身を返した。
「では。失礼しますわ」
「はい。また」
「もしも次の機会があれば、またお話ししましょう」
背筋を伸ばし、堂々と歩を進めて、令嬢は去っていった。
まわりに誰もいなくなって、私は背伸びをした。
これで一段落かな。
ディレーナさんとも仲良くなれた。
ちょっと勝手なこともしちゃったけど……。
まあ、うん。
これくらいならいいよね。
問題なし!
さて。
私はこれで家に帰っていいのかな。
お腹も空いてきた。
考えてみると、お店はいろいろ巡ったけど、買ってアイテム欄に入れるだけで、全然食べてなかった。
「今夜の食事はどうしようかなー。1人でメアリーさんのところに行こうかなー」
さすがに大宮殿に行って、夕食よろしくーっていうのは図々しいよね。
セラへのお土産はたくさんあるから、行く理由はあるけど。
お兄さまとお姉さまたちは、学院で夕食を取るようだった。
役員も大変だよね。
誘ってくれたら一緒に食べてもよかったけど。
誘われなかった。
もう帰っていいぞ、と、お兄さまに言われた。
悲しい。
ヒオリさんも夕食は学院で取ることになるだろうし。
あ、竜の里に行こうかな。
この間は深夜で、ナオの顔も見えなかったし。
あーでもなー。
やっぱり、夕食時に行くのは、うん……、図々しいよね。
やめとこう。
私はかしこい常識人なのだ。
 




