1246 社員の証
「クウちゃん、昨日はバーガー屋さんでお父さまと遭遇したそうですね」
「え。聞いたの?」
「はい。クウちゃんにくうくう言われて辟易したとおっしゃっていましたけど……。くうくうとはどういう意味なのでしょうか?」
「さあー」
聞かれて私は適当に受け流した。
セラが言ったのは、昨日のバーガー6番でのことだとわかるけど。
とはいえ私はくうくうなんて言っていない。
今日は1月の8日。
朝からセラが来たので、今は2人で私のお部屋にいる。
まだお店の開店には早い時間だ。
「クウちゃんのせいで間違えて金貨を出してしまって大損したとも言っていましたけど……」
「あれ、わざとじゃなかったんだ」
「何があったのですか?」
「何がっていうか、金貨1000枚でもポンと出すヒトが、たった1枚のことで何をチマチマと娘に愚痴っているんだろうね」
「お父さまは、個人で使うお金には意外とシビアですよ」
「というか陛下って、普通に町を歩いているんだ?」
「基本は馬車ですが、歩いてもいるようです。自分の目と足で町に直に触れないことには、わからないことも多いって」
「へー。すごいねー」
暴れん坊皇帝、みたいなこともしているんだろうか。
影には忍者な人たちもいるし。
「それで、クウちゃん……。いったい、くうくうというのはどういう……。わたくし、どうしても気になってしまって……」
朝から来るくらいだし、本当に気になったのね。
私は、これ以上はもったいぶらずに、昨日のことをキチンと話した。
まあ、うん。
たいした話ではないけどね。
話を聞いたセラは、
「それで、くうくうというのは……」
未だにくうくうにこだわっていたけど……。
「くうくうの事実はありません。陛下のただの戯言です」
私はハッキリと否定した。
「そうですか……。くうくうはないのですね……」
セラは納得してくれたけど微妙に残念そうなのは、多分、気のせいだよね。
私は気にしないことにした。
なんにしても、そもそもセラが知っていたということは……。
陛下の弱味を握ることはできなかったわけだ。
残念。
「お嬢様、そろそろお時間です」
脇に控えていたシルエラさんが言った。
「はううう。もう時間ですかぁ」
「セラは、今日は何かあるの?」
「わたくしは、今日も午後からパーティーですう……」
「あはは。いいねー」
「いいならクウちゃんも一緒にどうですか!」
「私は無理。今日はお店に出るんだ。たまにちゃんと働かないとねー」
「そうですよね……。わたくしも頑張ります」
外に出て、馬車で帰るセラを見送ると――。
入れ替わりに、ちょうどエミリーちゃんが出勤してきた。
「おはよー、エミリーちゃん」
「おはよー、クウちゃん。セラちゃんが来ていたの?」
「うん。朝から遊びに来てたんだー」
「そかー。わたしも早めに来ればよかったなー」
「あはは。またみんなで遊ぼ」
「うん!」
まだ仕事前なので、エミリーちゃんの口調は柔らかい。
本来のエミリーちゃんだ。
「あ、そうだ、エミリーちゃん。今日からエミリーちゃんを正式にうちで雇うことにしたけど問題はないかな?」
「いいの!? わたしはもちろんいいよ!」
「正式にと言っても見習いからだけどね」
「うん! わたし、まだまだだしね! もっとがんばる!」
「詳しい話をするから、お店の中に入ろっか」
「うん! あ、はい」
ここでエミリーちゃんは表情を改めた。
店員モードに入るようだ。
本当にしっかりている。
うちの店員でおわらせるには、やっぱり惜しい子だよね、実際。
私はその思いも含めて、エミリーちゃんの能力がすでに世間では一流であること、でもあえてうちでは見習いとすること、もっともっとうちで学んだら、その先の未来はエミリーちゃんに自分で決めてほしいことを伝えた。
その上で、あらためてもう一度、確認する。
「これからは社員として、一緒にお店をやってくれますか?」
「はい」
エミリーちゃんは迷わずうなずいてくれた。
「じゃあ、これをエミリーちゃんにあげます」
私は昨日の夜、頑張って作った「ふわふわ美少女のなんでも工房」――その社章となるシルバーのバッジをエミリーちゃんに渡した。
妖精の羽根をかたどった、我ながらオシャレなバッジだ。
「これって……」
受け取って、エミリーちゃんは言った。
「うちの社章だよ。うちの工房の、正式なメンバーである証です」
「いいの? もらっちゃって?」
「うん」
「……わたし、本当のクウちゃんの仲間になれるんだ?」
「うん」
それは元々だけどね。
エミリーちゃんは、しばらく手のひらに乗せたバッジを見つめて――。
それから――。
「やったー! わたし、嬉しい! こんなに嬉しいことはないよ! 今までの人生で1番の宝物だよ絶対に大切にするね!」
思いっきり元気に笑顔を見せてくれた。
一瞬、泣いちゃうかと思ったけど……。
太陽みたいに輝く方が、エミリーちゃんらしいよね。
「うん。ありがとね」
私も笑顔で応えるのだった。




