1242 名物と言えば……!
「まったく、ウィートのヤツめ。上手いことやりおって。おまえもおまえだ。ウィートごときの口車に乗るとは情けない」
「何を今さら愚痴ってるのさー」
ウィートさんは、ディシニア小麦の管理と販売を担っている商人だ。
ウェルダンとは親友、昔から苦楽を共にしてきた仲――。
と、ウィートさんは言っていたけど……。
ウェルダンから言えば、面倒な商品を売りつけにくるだけの厄介者という認識らしい。
とはいえ、文句を言いつつも、それでも面倒を見ちゃうところは……。
まさに悪友ではあるのだろう。
「こほん。まあ、それはそうだな。で、ディシニア小麦の件だが」
「今、どんな感じなの?」
「研究は順調だ。ディシニア小麦には独特の甘味があって、それを上手に引き出すことで新感覚のスイーツを作ることができそうだぞ」
「おー。いいねー」
「サンプルのクッキーがあるが、食べてみるか?」
もちろんいただくことにした。
さくさく。
ぱくぱく。
「こ、これは……」
口の中に広がるのは、メイプルシロップとリンゴの甘味を足して5で割ったような、今までに食べたことのない独特の甘さだった。
5で割ったような、なので、それは薄味ではあったけど……。
「どうだ? その甘味はディシニア小麦のものだぞ。普通に食べては気づくにくいが、甘味を引き出す調理をすればディシニア小麦は輝きを放つのだ」
なるほど、それは素晴らしいセールスポイントになりそうだ。
私が感動すると、ウェルダンは再び顔をしかめた。
「まったく。これがウィートの儲けになるかと思うと腹立たしいが……」
「お互いに儲ければいいでしょー」
「まあ、それはそうなのだがな。で、どうだ? おまえから良いアイデアはあるか?」
「んー……。ウェルダンのところでは、スイーツの研究をしているんだよね?」
「うむ。この小麦はスイーツに最適と結論が出ている。どう思う?」
「そうだねえ……」
それに異存はないけど、他には何かないか、私は考えた。
ディシニア高原といえば、かつての避暑地。
今は、ダンジョンが生まれたばかりで、瘴気に満ちていた過去もあるから、観光地としての運営はされていない。
でも、将来的には……。
マーレ古墳のダンジョン町のように、観光地としても運営されるといいよね。
せっかくの風光明媚な場所なんだし。
ディシニア小麦で作ったスイーツは、よい名物になることだろう。
観光地の名物かぁ……。
クッキーとかの焼き菓子も悪くはないけど……。
できれば、独特なものがいいよね。
「そうだ!」
私はいいものを思いついた。
帝都では見かけなくて、小麦粉で作る観光地の美味しいものと言えばこれだ!
「ウェルダン、ちょっと厨房を借りてもいい?」
「何か思いついたのだな! すぐに行くぞ!」
さすがはウェルダン、話が早い。
私たちは応接室を出て会社の厨房に向かった。
オダウェル商会は食の総合商社。
会社に厨房も完備しているのだ。
厨房について、私は早速準備を整える。
ぶっちゃけ、生成スキル『調理』を使えば、厨房に移動するまでもなくその場であっという間に完成させられるんだけど……。
なんでもかんでも魔法に頼りっきりでは、私は怠惰になるばかりだ。
なので今日は自分で作るのです。
幸いにも料理なら、前世から少しはやっていた。
自力で出来る数少ないことのひとつなのだ。
「こほん。マイヤ殿、うちの社員も数名、見学させてもよろしいですかな?」
「うん。いいよー」
ディシニア小麦で作った薄力粉と砂糖を準備してもらう。
オダウェル商会の人たちが見守る中……。
まずは生地を作るために、適当に砂糖水を作ろう。
ボールにぬるま湯を適当に入れて、そこに砂糖をポイッと適当に入れて。
私は楽しく作業を始めたのだけど。
すぐにウェルダンに水を差された。
「お待ちを、マイヤ殿。それはすべて、計算通りなのですかな? 適当に作っては、小麦の旨味を引き出すことができませんぞ」
私はカチーンと来たけど、蹴っ飛ばす前に思い出した。
スイーツを美味しく作るコツは、キッチリ正確にレシピの通りにやること。
気分のままやってはいけないのです。
はい。
私が間違っておりました。
生地は、社員の人に作ってもらうことにした。
私は完成した生地をこねて、小さく丸めていって……。
「よし、できたー!」
「ふむ。マイヤ殿、私の目には、単に生地を丸めただけのように見えるのだが」
「うん。そうだよ。丸めただけ」
「あとは焼くのですな? それならオーブンの準備を」
「ううん。焼かないよー」
「では……」
「ふふー。ここからが、面白いのです」
そう。
帝国では小麦粉と言えば、焼いてパンにするか、茹でてパスタにするか。
そのどちらかだ。
あとは、油で揚げてドーナツにするか。
でも、もうひとつ、メジャーな料理法がある。
そう、それこそが!
蒸す!
「はぁ……。しかし、そんなことをして大丈夫なのですか? 生地がフニャフニャになってしまうだけなのでは……」
ウェルダンには思いきり不審がられたけど、しかし、私は知っている。
そう!
まんじゅうとは、小麦粉の蒸し料理なのだ。
「まあ、まずは見ててよ。20分もすればわかるからさ」
まんじゅう自体は、すでにユイが聖国で披露している。
なので残念ながらオリジナル料理「クウまんじゅう」とは名付けられないんだけど、帝国では目新しい甘味であることは確かだ。
少なくとも帝都には、まだ広まっていない。
ディシニアまんじゅう。
味さえよければ、良い名物になるよね!
私は蒸し器に水を張って、お皿の上に丸めた生地を並べた。
スイッチ・オン!
魔導コンロに火を入れた。
最初は強火で生地を膨らませて、膨らんだら火を弱めて、あとはじっくりと加熱する。
蒸し器の中で、練って丸めたディシニア小麦の生地たちが蒸されていく。
さあ、果たして。
キチンとまんじゅうになってくれるでしょうか……。
私はドキドキして、行方を見守るのでした。




