1241 ウェルダンとの会話
社長室に入ると、スーツ姿のウェルダンが偉そうにふんぞり返っていた。
「よー! ウェルダン! 新年から何様? キモっ!」
「ハッ! 新年の挨拶もできないとは、相変わらずのクソガキめ!」
「おめでとう」
言われて、私は礼儀正しく一礼した。
「フンッ! それで何の用だ?」
人に文句を言っておいて自分も挨拶ひとつできないウェルダンが、椅子から身を起こすとこちらに歩いてきた。
と思ったら接客用のソファーに座ったので、私もテーブルを挟んだ反対側に座る。
「オダンさんは?」
「今日は朝から商業ギルドに行っているぞ」
「そかー」
「彼に用なら午後には帰るから、また来ると良い」
「ううん。まずはウェルダンでいいや。あのさ、エミリーちゃんの給金なんだけどね」
私は、エミリーちゃんがしっかり働いてくれていることを踏まえて、月にいくら払うのが妥当なのかをウェルダンにたずねた。
「こほん。宜しいですかな、マイヤ殿」
「うわ。何?」
「いいから聞いていただけますかな」
「はい」
「まずは確認ですが、エミリーについてはすでに土の魔力に目覚め、しかもその術法において高い専門性を有している。正しいですかな?」
「うん。まあね」
エミリーちゃんには、フラウが惜しみなく知識を与えてきた。
その知識たるや、すでに私よりも上だろう。
特にゴーレム生成の中で学んだ錬金魔術については、すでに中央魔術師団の魔術師にすら指導できるレベルらしい。
「はっきり言って、エミリーの価値は上がる一方です。すでにオダン氏のところにはウェーバー商会を始めとして、中央魔術師団、ローゼント公爵家、さらには皇太子殿下までもが、進路に希望があれば相談に乗ると言ってきています」
「へー。すごいねー」
「こほん。マイヤ殿に含むところは?」
「んー。なーんにもー」
「つまり、将来的には手放しても構わないと?」
「それは当然だよー。そもそもエミリーちゃんは私の所有物じゃないからね?」
それは、エミリーちゃんにも以前から言っている。
うちの工房でしっかりと学んで――。
将来は自由に選んでほしい、と。
もちろん自由な選択の上で、それでもうちの工房がいいというなら、それは私も楽ができるし歓迎はするけど……。
本音を言えば、エミリーちゃんには外に出て、大きな仕事に携わって、国を支えるくらいの立派な人物になってほしい。
それでこそ、必死に勉強をしている甲斐があるというものだし。
なので進路の斡旋は、やってくれて構わない。
強引でなければだけど。
うちの工房にはファーがいるしね。
まあ、それはともかく。
「えっと、つまり、賃金はどれだけ高くても構わないってこと? 金貨千枚くらい入社ボーナスをあげてもいいの?」
「それについては逆ですな」
「というと?」
「確かにエミリーは優秀ですが、工房内に限れば、マイヤ殿、竜王殿、賢者殿の能力には遠く及ばない存在です。正規の見習いとして月に銀貨5枚で十分でしょう」
「……さすがに私たちと比べるのは可哀想じゃない?」
自分で言うのも何だけど、私たちは世界でも稀有な実力者だ。
めんどくさいだけのヒオリさんだって、世間に出れば尊敬される存在だし。
「エミリーのためでもあります」
「あー。それって、高くなりすぎた能力で慢心しないように?」
私がたずねると――。
「その通りです」
と、ウェルダンはうなずいた。
「あははは! それ、慢心の塊だったウェルダンが言うのかー! ねーねー、今でも帝都の闇を支配したいとか思ってるのー?」
「う、うるさい! 黙れ、このクソガキ!」
「で、それってオダンさんも同意見なの?」
「……こほん。むしろこれはオダン氏からの意見だ。早くからエリートとして生きるよりも、上には上がいることを常に理解して謙虚に生きてほしい、とな。あと、若くから大金を持つのはよくないとも考えているようだ」
「なるほど、オダンさんらしいね。それならそうするよ」
「正直、私としては、能力にはそれに相応しい給与と立場があるべきだと思うのだがな」
「んー。それはねー、否定はしないけどねー」
とはいえ、エミリーちゃんはまだ未成年。
保護者の意見は尊重されるべきだろう。
うちでは、少なくとも当面の間、エミリーちゃんを特別視せず、普通の子として普通に見習い扱いすることで決まった。
「でも、ただそれだけだと、なんか、もの足りないねえ……。ねえ、ウェルダン、なんかこう角の立たない報酬はないかなぁ?」
「それなら、バッジなどで社章を作って渡してやればよかろう」
「そんなの嬉しいの?」
「嬉しいぞ。私も昔、ウェーバー頭取から商会の社章を受け取った時には、ついに認められたと嬉しくて一晩中笑っていたものだ」
「なら作ってみようかな。あとは、さ……」
「まだ何かあるのか?」
「こっそりエミリーちゃんの口座を作って、そこにお金を入れておいて、いざという時に使ってもらえるようにするのはダメかな?」
「それは……。そうだな。良いのではないのか。おまえはその、アレなのだろう? アレである以上、ある日突然、いなくなる可能性もあるわけだからな。その時のための退職金として用意しておいてやるのもよかろう」
「アレってなにさー?」
なんだか不穏な物の言い方なので私は頬を膨らませたけど……。
すぐに自分で気づいた。
ああ、うん。
私が精霊だから、人間ではないから、ある日、ポンと泡みたいに消えるかも知れないとウェルダンは言っているのか。
確かにそれは、ないとは言えないね……。
何しろ私は、一度は死んだ身だし。
「でも口座って簡単に作れるの?」
「エミリーはオダンの娘だ。うちの商会でなら簡単だぞ」
「なら、ウェルダン。これでお願い」
私はアイテム欄から金貨1万枚が入った木箱を取り出してテーブルに置いた。
「……おい。なんだこれは」
「お金」
「それは音でわかる」
「これをエミリーちゃんの口座に入れて、こっそりとウェルダンが預かっておいてよ。何かあったら渡してあげて」
金貨1万枚は、約10億円。
それだけあれば、いさという時にも自由に動けるよね。
この後ウェルダンはいろいろな意味で荒れたけど……。
結局、ウェーバーさんとの共同管理でならということで承諾してくれた。
ウェルダンとの出会いは最悪だったけど、それからいろいろあってウェルダンの人となりは今では理解している。
私は信頼しているからねっ!
さあ、これでエミリーちゃんに関わる話はおわった。
次は小麦だね!




