1240 1月7日のこと
1月7日、朝。
ラシーダをお見送りした後、私はすぐに我が家に帰った。
帰ると、まだ始業には早い時間なのに、お店の前にエミリーちゃんがいた。
工房のエプロンをつけてお店の前を箒で掃いている。
エミリーちゃんは真面目で、実によく働く。
今年でやっと10歳になるまだ子供なのに、すでにお店の主戦力だ。
「おはよ、エミリーちゃん」
「おかえりなさいませ! おはようございます、店長!」
「今日は早いねー」
「はい。今日はなんだか、すごく元気で。家に居ても手持ち無沙汰だったので。店長は昨日から大変でしたよね。お疲れ様でした」
「ありがとー」
エミリーちゃんは公私をしっかりと切り替えることができる。
仕事の時は、私のことを店長としか呼ばない。
ウェルダンの厳しい指導の賜物だ。
ウェルダン……。
最初はただの悪役その1かと思っていたけど、何気に付き合いも長くなった。
今ではすっかり身内のひとりだ。
オダンさんと一緒に立ち上げたオダウェル商会には、私も大いにお世話になっている。
特に去年の最強バーガー決定戦では、食材の手配から会場のセッティングまで、ほとんどのことを引き受けてくれた。
「そういえば……」
オダウェル商会に合わせて、私はふと思い出すことがあった。
「店長、どうかされたのですか?」
「あ、ううん」
ひとつはエミリーちゃんのことだ。
エミリーちゃんはオダンさんの方針で、ずっと無給のお手伝いだった。
だけど10歳からは、ちゃんと働けているなら給料を払ってもいいことになっている。
もちろんエミリーちゃんはちゃんと働けている。
給料は、いくらにするのが妥当なのか。
私が勝手に決めるのは、色々と問題の発生する気がする……。
ウェルダンとオダンさんに相談するべきだろう。
もうひとつは――。
「前にオダウェル商会に預けた小麦……。ディシニア小麦っていうんだけどね。どうなっているのかなぁと思って」
「その小麦なら研究していますよ」
「そうなんだ?」
「はい。お父さんから少しですが聞きました。普通の小麦よりも甘いのでスイーツに使うのが適切ではないかと言っていました」
「おー。そうなんだー。それなら、うまいこと特産品ができるかもだねー」
ディシニア小麦は、去年まで瘴気に満たされていた土地――。
ディシニア高原で栽培された小麦だ。
立派に育ったのだけど、呪われていた土地とあって、なかなか買い手がつかず、売り手のヒトは大いに困っていた。
一応、高原の呪いはユイが祓ったことになっている。
それを公表さえすれば、小麦は大いに聖女様の御意向で売れるのだろうけど……。
それは秘密とされていた。
恐ろしいことに、誰一人、居合わせた人たちは口を割っていない。
荒くれ者の冒険者ですら、です。
ユイちゃんさんの威光、恐るべし、なのです……。
そして実は、瘴気を祓ったのは私だ。
ディシニア小麦は、私の魔力に触れた土地で育った小麦なのだ。
私としては、それが売れないというのは悲しい。
なので、協力を申し出ていたのだった。
「ごめん、エミリーちゃん。今日は私、お店にいる予定だったけど、気になるからオダウェル商会に出かけてもいいかな?」
「はい。どうぞ。こちらはお任せください」
「うん。ありがとねー」
少し休憩してうちの工房の開店時刻になったくらいで、行ってみることにした。
オダウェル商会は、うちからそれほど遠くない。
中央広場を経由した大通りに、立派な本社ビルを構えている。
すごいよね。
設立1年ですでに自社ビルなのだ。
まあ、といってもそれは、ウェーバー商会のサポートがあればこそだけど。
オダウェル商会は、設立してすぐにウェーバー商会の傘下に入った。
そのおかげで最初から信用は高いし、大きな取引もできたのだ。
ちなみにオダウェル商会だけでなくて、姫様ドッグ店に姫様ロール店も、今ではウェーバー商会の傘下に入っている。
うん、はい。
私が関わったお店は、すべてウェーバーさんに取り込まれたね!
まったく、手が早いとは思うけど……。
ただ、どのお店も傘下に入ったことで、ますます勢いを増しているし、店長さんたちも楽しく仕事をしている様子だ。
かくいう私も、ウェーバーさんには一般向けのぬいぐるみ制作をお任せして、そのライセンス料で大儲けをさせてもらっている。
まさにウィンウィンなので文句はないのです。
私はビルの中に入った。
「あのお……」
「いらっしゃいませ、マイヤ様。本日はどのようなご用向きでしょうか」
カウンターに近づくと、受付のお姉さんが笑顔で出迎えてくれた。
「すみません、ウェルダンかオダンさんいますか? 私用なのですけど……」
「少々お待ち下さい」
「はい」
すぐに確認に向かってくれた。
私は大人しく、ロビーのソファーに座って待つ。
ちょっと緊張。
なにしろオダウェル商会は、いつの間にか普通の会社みたいだ。
いや、うん。
普通の会社どころか、すでに一流企業なんだけどね……。
私、思う。
私、今、一流企業にいるのかぁ……。
前世の就活では相手にもされなかった一流企業に……。
…………。
……。
うう……。
うわ……あああああ……。
私の頭が、どんどん沸騰していき、ついには爆発しようとした刹那――。
「マイヤ様」
受付のお姉さんに呼ばれて、私は我に返った。
気づけばお姉さんが目の前にいた。
「社長がすぐにお会いになるそうです。ご案内させていただきます」
「あ、はい」
この私が、社長との面談かぁ……。
異世界、すごいね……。
緊張しつつ、私はお姉さんの案内を受けた。
すぐに気づいたけど。
社長ってウェルダンだよね。
緊張して損した。




