124 学院祭のおわりに
生徒会室から出た私は、ようやくのんびりと学内を回った。
午後の遅い時間。
あと1時間ほどで学院祭はおわる。
でも、まだ賑わしかった。
お客さんはたくさんいる。
お店では、売上や集客でコンテストがあるみたいで、生徒さんたちもラストスパートに燃えている。
ちなみに私は1人だ。
お兄さまたちは、学院祭運営の仕事に戻った。
水色のメイド服はくれるとのことだったので、そのまま着ている。
これはこれでそれなりに人目を引くんだけど、学院祭の最中では変わった服装をしている生徒さんも多い。
なので、それなりには紛れていた。
なにより一見して私とはわからないのがよい。
気楽に歩くことができた。
私は、お店で美味しそうなものを見つけては両手いっぱいに買って、こっそり物陰でアイテム欄に入れていく。
ディレーナの噂は何度も聞こえてきた。
陛下に続いて精霊様に選ばれたのだと。
すごいねー。
まあ、選んだつもりはないけど。
ステージも見に行った。
残念ながらお笑いはやっていなかったけど、最後を飾るにふさわしい吹奏楽団の演奏が行われていた。
そして、その観客席に、ディレーナ・フォン・アロドの御一行がいた。
ガイドルとフリオもいる。
人の噂など気にもしない様子で堂々としている。
さすがは悪役令嬢。
すごい胆力だ。
どうしようかなー。
余計なことはするなって言われているけど……。
話しかけてみようかなぁ。
一度くらいは普通におしゃべりしてみたい気が、すごくするんだよね。
もしかしたらいい人かも知れないし。
たぶんないと思うけど。
話しかけるくらいなら、余計なことじゃないよね。
余計なことっていうのは、古代魔法をぶっぱしたりすることだよね。
うん。
話しかけるのは、余計なことじゃなくて、普通のことだよね。
問題ないよね。
でもなー。
悪役令嬢だしなー。
興味はあるんだけど、やっぱり怖いよねえ。
とりあえず『透化』して、こっそりと様子を見ることにした。
迷っている内に演奏がおわった。
拍手が鳴り響く。
おじぎをして、ステージの上から演者たちが降りる。
観客たちも席を立っていく。
だけどディレーナは帰ろうとしなかった。
ガイドルやフリオは、先に帰れと言われたのかな? そんな感じのジェスチャーを受けて離れていった。
どういうことだろうか。
ディレーナは、寝ているのかも知れない。
それはないか。
ジェスチャーしていたし。
様子が気になって、私はふわふわとそばに近づいた。
ディレーナを気にする観客はいたけど、話しかける人はいなかった。
なにしろ話題の人とはいえ、公爵家のご令嬢だしね。
気軽に近寄れる相手ではない。
ディレーナは身じろぎひとつせず、ただじっと、たった1人で、まだ青い遅い午後の空を見つめていた。
まあ、実は私がいるんだけど。
「ねえ、どうしたの?」
となりに座って、思い切って話しかけてみた。
もちろん『透化』も解く。
いきなり現れた私に、ディレーナは少しだけ驚いた顔を見せた。
だけどすぐに平静を取り戻す。
「精霊様こそ、何かわたくしに用でもございまして?」
「うん」
「ならば、おっしゃっていただけますこと?」
「お話し、しよ?」
「今、していますわね」
冷たい声で言われた。
「今日はいい天気だねー」
「それが何か?」
「空、見ていたから。いい天気が好きなのかなーと思って」
「嫌いな人はいないと思いますけれど?」
「それはそうか」
あはは。
笑いつつ、静かになっていくこの居心地の悪さよ。
「本日はお日柄もよく?」
「何をおっしゃりたいのかしら」
いかん。
会話が上手く続かない。
ここはひとつ、私の一発芸で笑わせてみるか!?
意外とウケて仲良くなれるかも知れない。
し、しかし。
失敗すると致命的なことになる気もする……。
どうする?
やってみる……?
やってみちゃう!?
「わたくしを笑いに来たのでしょう? 好きに笑えばよろしいですわ」
迷っているとディレーナにそう言われた。
「むしろ逆なんだけど……」
笑わせたいのですが。
「……意味がわかりませんわね」
「やってみていい……?」
「だから、お好きになされば?」
「う、うん。では……」
私は緊張しつつ、ディレーナの前に立った。
大丈夫。
私ならできる。
この緊張しきった空気を打ち破って、笑いの渦を作ることができる。
発動するは奥義。
インパクトで勝負の技に決めた。
いくぞ……!
「ゆ、ゆびが……。きれたー!」
決まった。
どうだ……?
静寂が、広がる……。
「それが何か?」
ディレーナが真顔で聞いてくる。
「……もう1つ、いい?」
「お好きになされば?」
「では……」
大丈夫。
奥義がダメでも、私には必殺の技がある。
いくぞ。
「にくきゅうにゃ~ん」
どや。
どや!?
…………。
ダメでした。
真顔でディレーナが、じーっと私のことを見つめてくる。
「……あの」
「何か?」
「面白かったら笑ってもいいんだけど……」
「意味がわかりませんわね」
「えっとね。今の……。私の芸でね? 笑うところなんだけども……」
「だから、お好きに笑えばいいでしょう?」
「違うのぉぉぉぉぉ!」
私はその場に倒れた。
「逆なのぉぉぉぉ!」
四つん這いで泣いてから、よろよろと立ち上がる。
「……えっとね。あのね」
なんとかわかってもらおうと、もう一度、説明しようとすると。
「おかしな方ですこと」
唇に手を添えて、小さく彼女――ディレーナさんが笑った。
笑ってくれた。




