1238 まさにそれは、あさカラの乱
深夜、私の部屋。
「つ、疲れた……」
辿り着くなり、私はベッドに倒れ込んだ。
ドレス姿のままだ。
ユーザーインターフェースを開いて装備欄から着替えるのも面倒だった。
それほどまでに今日は疲れた。
晩餐会には豪華絢爛な、バンザさん渾身の宮廷料理が出たけど、すでに疲れていた私はほとんど手をつけなかった。
残してしまって悪いことをしたかも知れない。
「まったく……。12歳のスケジュールじゃないよね……」
ぼやきつつドレスの紐を緩めて、だらだらと脱いでいく。
ちなみにコルセットはしていない。
コルセットは、5年前くらいまでは普通にこの世界にもあったそうだけど……。
アレは体に悪いからするべきではないと当時5歳の聖女ユイリア様が言ったことで、1年かけずして帝国からも消えたらしい。
本当に恐ろしいよね、ユイの影響力は。
そりゃ、何も言えなくなって病んでしまうわけだ。
カメの子2号にもなってしまうわけだ。
今はもうニンゲンどころか立派な聖女さまに覚醒しているけど。
「なんにしても、無事におわってよかった」
イルはちゃんと精霊界に送った。
今度こそ、挨拶会がおわるまで来ないと約束もした。
しばらくは平和だろう。
ラシーダとマリエのことは知らない。
2人は晩餐会には出なかったしね。
意外とちゃっかり、ラシーダはマリエの家にお泊りしているのかも知れない。
なんにしても私には関係のない話なのです。
ファーのことは、フラウとヒオリさんにお任せしてしまった。
私は生みの親なのに、1人で先に帰ってしまって申し訳ない。
だけど私は、フラフラだったのだ。
フラウとヒオリさんの気遣いに甘えてしまった。
ごめんよお。
明日、たくさん武勇伝は聞かせてもらおう。
なにしろ明日は、1日暇――。
ではないけど――。
普通にお店を開くのだ。
ファーとおしゃべりする時間は、いくらでもあるのだ。
ドレスを脱ぎ捨てて、下着姿になって、布団の中にもぐって……。
大宮殿が用意してくれた最高級の布団は、もぐるとすぐに暖かくなる。
とっても心地よかった。
私は寝た。
すやー。
そして、朝。
「んー! すっきり!」
さすがは12歳の私。
一晩寝れば、体力は完全回復なのです!
気持ちよく身だしなみを整えて、それから2階へと向う階段を下りていくと……。
むむ。
カラアゲの匂いを感じますよ!
朝からどうしたんだろう。
ヒオリさんたちが、お土産で持って帰ったものが置いてあるのだろうか。
リビングに入って驚いた。
なんとカラアゲは、できたけホヤホヤだった。
見ればキッチンで、メイド服にエプロン姿のファーが、せっせと揚げている。
フラウとヒオリさんはテーブルにいた。
「おはよー。朝からどうしたの?」
「おはようなのである! ちょうどぴったりなのである!」
声をかけると、フラウが元気に声をあげた。
「カラアゲ?」
「で、ある! 昨日、クウちゃんが食べられなかったと聞いたので、朝からファーが頑張ってくれているのである!」
「確かに昨日は食べられなかったけどねえ……」
うん、確かに、昨日の新年会ではいろいろありすぎて、山となって積み上げられていたカラアゲはひとつも食べられなかったけど。
でもまさか、起きてすぐに見ることになるとは……。
正直、元気になったとはいえ……。
今朝は、さっぱりしたものが食べたい気分ではあるのだけど……。
「ご安心ください、店長。ファーの腕は確かですし、食材も大宮殿からもらってきた本物です。十分に満足していただけるかと」
ヒオリさんが太鼓判を押す。
「ファー、朝から仕事をさせちゃってごめんねー」
ともかく私はファーに謝った。
「いいえ。昨日学んだこの技術をマスターに披露できるのは最高の喜びです」
「へー。料理まで勉強したんだ」
「大宮殿の皆様には本当に良くしていただき、感謝しております」
「そかー」
それは良かった。
「なら、まあ、せっかくだしもらおうかな」
私はテーブル席に着いた。
カラアゲは、それなりに脂っこそうだけど、ファーの善意は無駄にできない。
ヒオリさんとフラウがいるから量のことは心配しなくてもいいし。
2人がほとんど食べるしね。
私はひとつを、じっくり味わわせてもらおう。
最後に、とどめとばかりにドカンと大皿でカラアゲが置かれて――。
朝食の準備は整った。
ちなみにテーブルにはオレンジとパンもあった。
あと、水も。
「どうぞ」
ファーが小皿にカラアゲを6つ山盛りに取り分けて私の前に置いた。
えっと、あの。
私、ひとつでいいんだけど……。
と、私は言おうとしたんだけど、ふと見れば、なぜかファーとフラウとヒオリさんが真顔で私のことを見ていた。
「どうしたの?」
普通にみんなも食べればいいのに。
「店長、どうぞ」
ヒオリさんが真顔のまま言った。
「クウちゃん、いくのである」
フラウまでが促してくる。
「ぜひ感想をお聞かせください。もちろん、忖度は不要です」
ファーが言った。
なんだろうか、ただカラアゲを食べるだけなのに、この妙に流れる緊張感は……。
「う、うん……」
まあ、うん、仕方がない。
とにかく私は、カラアゲをひとついただくことにした。
クウちゃんだけに、くう。
まさに本家の一口なのです。
ぱくぱく。
もぐもぐ。
ふむう。
溢れ出す肉汁が、以前のものより確実にグレードアップしているね。
調理の腕もさることながら、香辛料の配合がまさに完璧だ。
素晴らしい。
「――美味でございました」
私はカラアゲをいただき、静かにフォークを置いた。
「得点はいかがでしょう?」
ファーが聞いてくる。
「そうだね……。95点。合格です」
私がそう言うと、おおおおお、よかった、と妙に大げさにフラウとヒオリさんが喜んだ。
気のせいか、ファーもどこかほっとした顔をしている。
「どしたの……?」
カラアゲの評価ごときで大げさな。
と私は思ったけど、話を聞いてみて驚いた。
なんと……。
昨日、私がカラアゲを食べず、晩餐会の料理も残したことで……。
それはもう宮廷料理長のバンザさんが落ち込んでしまったらしい。
ク・ウチャン様に、失格の烙印を押された、と……。
もはや料理人として生きていけない、と……。
でも、フラウとヒオリさん的に、カラアゲは絶品だった。
晩餐会の料理も絶品だった。
なので、今日のク・ウチャン様は新年会から続く騒動ですっかりお疲れで、食欲がなかっただけなのですと励まして……。
今朝のカラアゲ品評会に至ったらしかった。
「いや、うん。その通りだからね? 私、昨日は疲れちゃってさぁ、食欲がなかったの」
「ええ、某たちもわかっておりましたが……。得点は、今のお言葉と共にバンザ氏にあらためてお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「うん。お願い」
「では早速、これから行ってきます! バンザ氏にはまだまだ、美味しいものを作ってもらわねばなりませんからね!」
「うむ。妾も行くのである。美味しいものは、人生に必須なのである」
「……2人とも、せめてカラアゲを食べてからにしたら?」
「そうですね! そうさせていただきます!」
「で、ある!」
2人は大いに、今日も元気だった。
しかし、うん……。
まさか裏でそんな騒ぎになっているとは、思いもしなかったよ……。
ク・ウチャンって、すごいね……。
誰なんだろうね、本当に……。




