1235 門閥派の人たちと
やったぜ。
私は心の中でガッツポーズを決めた。
イルとラシーダに続いて、オルデも丸投げすることができた。
これで私は自由!
今年の私は、実に最高なのではなかろうか!
「皆様、クウちゃんと物語の主人公さんを連れてきましたわよ」
ディレーナさんのお仲間の人たちと合流する。
門閥派と呼ばれる由緒正しき中央貴族のご令嬢の方々だ。
その中には、私も見知ったご令嬢――オーレリアさんやエカテリーナさんの姿もあった。
アンジェとスオナはいない。
2人は会場から出て中庭を散歩しているようだ。
逃げたのだろう。
ノーラさんといい、公での交流が苦手な人は、中庭に出るのが上策のようだ。
エカテリーナさんとは最初に目が合った。
エカテリーナさんは微笑みを返してくれたけど――。
明らかに、すでに疲れていた。
ディレーナさんと同じく精霊の祝福を受けた者として、チヤホヤされる反面、きっと気苦労が多いのだろうね……。
まあ、はい。
またもや私のせいですねごめんなさい!
最初にオーレリアさんと挨拶して、それから他の人たちとも挨拶を交わす。
オルデも無難に挨拶した。
その後で、ディレーナさんが言った。
「それにしてもオリンス様、ご立派なドレスに素晴らしい宝石ですわね。やはり婚約者からの贈り物なのかしら?」
「いえ、これは皇妃様にご準備いただいたものです」
「あら、そうでしたの。なるほど、納得しました。敗戦続きで降伏間際のトリスティンから贈られたものにしては、素晴らしすぎると思いましたわ」
うわぁ。
これはまた、わざとらしすぎるほどの悪役令嬢トーク。
さあ、この嫌味に対して、オルデはどう切り返すのか、腕の見せ所だ。
「はい。本当に素晴らしくて、私も感動してします」
オルデは正面から受け止めた。
見事だ。
「貴女は、感動する前に皇妃様の御慈悲に感謝をするべきでしょう。これだから自分の利益しか見えない平民は困るのです」
ディレーナさんが容赦なく追い打ちをかける。
ここで私は、オーレリアさんが動揺した顔で私を見ていることに気付いた。
私はオーレリアさんに小さくうなずいてみせた。
オーレリアさんが、アレはいいのですか? みたいな視線を返してくる。
私は再びうなずいた。
それで賢明なオーレリアさんは、ディレーナさんと私が最初から通じていることを理解してくれたようだ。
オーレリアさんは前に出ると、優しい笑顔でこう言った。
「ディレーナ様、彼女は将来はともかく、今はまだ着飾っているだけの平民なのですよ。あまり正しい言い方はどうかと」
「そうですわね。失礼しました」
「まだ彼女には、何が正しいかもわからないのです。お可哀そうなことですね……」
オーレリアさん、いきなりノリノリだ……。
もしかして、これが素なのかな、私にはわからないけど。
「勉強させていただきます」
オルデは怖気づいた様子なく、ペコリと頭を下げた。
いいね。
落ち着いていて礼儀正しいし、自分から喧嘩を売るような言葉や表情もないし、見ていて好感の持てる姿だった。
私が満足していると、エカテリーナさんがこっそり袖を引っ張ってきた。
少しだけ場から離れる。
「……クウちゃん、よろしいのですかアレは」
「ん? アレって?」
「オリンス様のことです」
「あー。大丈夫だと思うよ。本人にもああいう練習をするって伝えたし」
必要なことだよね。
「まさかとは思いますが、クウちゃんがやらせているのですか?」
「え。なんで?」
「いや、その、空気的に……。まさかとは思いますが……」
「さすがはエカテリーナさん、わかるんだねえ」
すごいね。
「本当にそうなのですか!?」
「え。あ。うん」
それはね。
ディレーナさんが言い出したことではあるけど、否定はできない。
「嫌がらせなど悪趣味です。やめさせるべきです」
エカテリーナさんが眉をひそめる。
「いや、うん。練習ね、練習。これからトリスティンに行けば、まわりは確実にああいうのだらけだろうし、対処に慣れておかないといけないよね」
「ああいうのという言い方もどうかと思いますが……。本人は承諾しているのですか?」
「うん。そうだよ」
「……なら良いのですが」
「エカテリーナさんもよろしくね?」
「私は嫌です。ああいうのは好きではありません」
「ディレーナさんたちは?」
「皆様はお好きでしょうね。と、何を言わせるのですか。今のはなしです!」
「あはは」
「笑い事ではありません!」
「エカテリーナさん、声がおっきくなってるよ」
「……失礼しました。しかしクウちゃんは、本当に顔が広いですね」
「工房やってるしねー。でも、うん……。やっぱりよくないか。ごめん、エカテリーナさんの言う通りかもだね」
私は、ディレーナさまたちとオルデの間に割って入った。
「すみません、ディレーナさん。オーレリアさんも。やっぱりやめておきましょうか。今日は楽しい新年の日ですし」
「クウちゃんがそういうならそうしますわ」
ディレーナさんが軽く肩をすくめる。
「あの、クウちゃん。わたくし、やりすぎてしまいましたかしら?」
オーレリアさんが不安げにたずねてくる。
「いえ、見事な悪役令嬢っぷりでしたよ。意図を汲んでくれてありがとうございます。オルデもごめんね。ちょっと意地悪な試練だったよね」
「そんなことはありません。私には必要な経験だと理解しています」
「大変だったよね。この人たちは生粋だから」
「あら、クウちゃん。それはどういう意味かしら? わたくしたちが、まさに生粋の悪役とでも言いたいのかしら?」
うお。
ディレーナさんが怖い笑みを向けてきた!
「そんなことはないですよ! では、私はこれで! あとはお願いしますね!」
私はくるりと背を向けた。
「はぁ。仕方ありませんね。では、オリンス様。早々ですが訓練は切り上げて、ここからは普通に楽しくお話しすることにしましょう」
「わたくしも、つい先程は流れに乗ってしまいましたが……。失礼いたしました」
「ご指導ありがとうございました、ディレーナ様、オーレリア様。正直、わかっていても怖くて今にも倒れそうでした」
オルデが、緊張からやっと解かれたような、はにかんだ笑みを浮かべる。
「あらそれは、まさにわたくしが生粋と言いたいのかしら?」
ディレーナさんが愉しそうに追求をかけた。
「生粋のお嬢様とはこういうものかと、本当に緊張しました」
オルデはそれに明るい笑顔で答えた。
「ふふ。そうですか」
「良い勉強をさせていただきました」
2人が微笑み合う。
うむ。
オルデのことは、ディレーナさんにお任せして大丈夫そうだ。
私は退散させてもらおう。




