1233 オルデの初舞台
新年会の参加者たちが見守る中――。
陛下にエスコートされて、ドレス姿のオルデが中央の大階段の上に現れる。
私のまわりにいる人たちからは、
あれは誰だ?
どこの家の娘だ?
というような、戸惑いと好奇心の混じった囁き声が聞こえる。
わからないのは当然だ。
なにしろオルデは、普通の帝都の市民の娘。
豪華絢爛な大宮殿の新年会に出ている上級な方々とは無縁の暮らしをしてきた子だ。
「なあ、クウ。あの子、どっかで見たことねぇか?」
「そだねー」
ロックさんには見覚えがあるようだ。
それはそうだろう。
なにしろオルデは、仕事でも遊びでも中央広場によくいる。
ロックさんとは生活圏が同じだ。
陛下が語り始める。
「皆、紹介しよう! 彼女は、トリスティン王国ナリユ公爵家嫡男にしてトリスティン貴族連合盟主ナリユキーノ殿の婚約者である!」
おおおお! 他国のご令嬢か!
わざわざ帝国まで新年の挨拶に来たのか!
と会場が沸き立つ。
「……ナリユ家のナリユキーノって。ナリユキだけで生きてそうなヤツだな、おい」
「まさに」
ロックさんの的確なツッコミに私はうなずいた。
「名をオルデ・オリンス! 帝都ファナス在住の平民の娘である!」
陛下が言った。
平民、ですと……?
聞き間違えか?
いや、しかし、確かに帝都ファナスと……。
居合わせた貴族たちが困惑する。
それはそうだろう。
なにしろ他国の公爵家の婚約者として紹介されたばかりなのだ。
ここで陛下がオルデに目を向けた。
オルデは小さくうなずく。
どうやら、いきなりオルデの挨拶となるようだ。
「皆様、始めまして。オルデ・オリンスと申します。この度は陛下のお計らいで、こうして皆様にご挨拶させていただく機会を得ましたこと、心より光栄に存じます」
オルデはしっかりとした口調でそう言うと、私たちに向けて軽く頭を下げた。
それは、見事な所作だった。
モッサから受けた指導の成果が十分に出ている。
オルデは挨拶を続ける。
「先ほどご紹介いただいた通り、私は帝都で生まれ育った平凡な平民の娘です。しかし、縁あってセンセイからのご加護をいただき――」
オルデの言葉を遮って、再び会場にざわめきが起きた。
センセイ!?
センセイだと……!
それはまさか、あのセンセイなのか!?
いったい、どのセンセイのことで皆様は驚かれているのか。
それは私には永遠の謎です。
「ナリユキーノ様と2人、襲われて殺されかけたところを生き延び、その後も縁があって、こういう話となりました」
そこまで話して、オルデは再び一礼した。
陛下が話を引き継ぐ。
「具体的にどのような出来事があったのか。一体、帝都の平民の娘と他国の公爵家の青年が、どのようにして結ばれたのか。実は、それについては歌にしてある。セラフィーヌの英雄譚に続く第二の人気歌となることであろう。聞いてくれたまえ」
陛下とオルデが脇に下がる。
代わって前に出たのは……。
私のことをお忍びのセラと勘違いした挙げ句、皇女殿下の世直し旅を歌って一躍人気者となった若き吟遊詩人――。
私がザニデアの大迷宮で蹴っ飛ばして半殺しにした青年カイルだ。
リュートを奏でながら、カイルは歌う。
オルデとナリユの素敵な奇跡の物語を。
ある日、叔父に無理を言って貴族のガーデンパーティーに参加したオルデは、そこで偶然にも精霊の祝福に巻き込まれる。
気がつけば、そこは何故かトリスティン王国の王城。
しかも、魔物の襲撃を受けている最中だった。
大混乱の中、オルデはナリユキながら、怯えて混乱する当主のナリユを励まし、共に怪我をした人々の治療に当たり――。
その献身さと清らかな心が、さらなる精霊の祝福を呼び――。
人々を一瞬の内に癒やし、魔物の敵意を鎮めるという2つの奇跡を呼び起こす。
だけど同時に、その奇跡の力によって、オルデは帝都へと帰還して――。
いつもの生活に戻るのだった。
でも……。
ナリユはオルデのことを忘れることができなかった。
ナリユは1人、トリスティンを出ると、オルデを探して旅に出るのだった……。
そして2人は帝都で再会し、共に花屋を営むことになるのだが――。
ナリユ暗殺を目論む暗殺者の影がちらつき――。
いやあ、うん。
よくぞここまで脚色したものだと聞いていて私は感心した。
さすがは人気の吟遊詩人。
カイルには本当に、歌の才能があるようだった。
歌はやがておわる。
会場は、パラパラとした拍手と共に、静かなざわめきに包まれた。
この歌が真実というのか?
物語だろう?
いやしかし、陛下がおっしゃったのだぞ……。
気持ちはわかる。
わかるけど、本当にすみせまん。
実は、核の部分はそれなりに真実なのです。
「余興はこれで仕舞だ。さあ、皆、パーティーに戻ろう。オルデ嬢も輪に加わるから、よければ話しかけてやってくれたまえ」
陛下の言葉に合わせて、楽団が陽気な曲を奏でる。
新年会の再開だ。
オルデと陛下が階段を降りてくる。
オルデのことは、下で皇妃様が出迎えた。
「なあ、クウ。俺は思ったんだがよ」
ロックさんが言う。
「うん。何を?」
「セラフィーヌ殿下って、よく見るとおまえんとこのセラちゃんに似てないか? おまえ、どちらとも親しいんだよな? まさかとは思うけどよ、」
「はぁ」
私は、ため息をついた。
いや、うん。
何を今更、かける10の気分ですよ、それは。
そもそも、オルデの話じゃないのかい。
「他人の空似でしょ」
私は適当に答えた。
今さら説明する気もない。
「そかー」
と、これは私ではありません。
ロックさんです。
「なあ、クウ。今の似てただろ?」
「5点です」
「はぁ!? テメェ、この俺様の天才的芸技に嫉妬してんじゃねえぞ!」
「誰がしますかってーの」
私はプイとそっぽを向いて、ロックさんから離れた。
「おい、こら。嫉妬して逃げるな」
「友達のところに行くだけですー。またねー」
皇妃様がいる内は安心だけど、皇妃様はすぐにオルデから離れるだろう。
今日の新年会は、オルデの大切な練習の場。
オルデは1人で参加者たちと会話することになるはずだ。
私には、オルデに責任がある。
なにしろ、うん。
オルデの運命を決めちゃったのは……。
ほとんど私だしね……。
何かあるといけないし、こっそりとそばにいよう。




