1232 ラシーダとの再会
ラシーダが来ていることは、セラも知らなかった。
セラは主要な貴族から挨拶を受けた後だけど、その中にラシーダの父親である現北方辺境伯や兄である次期辺境伯の姿はなかったという。
北方辺境伯家は騒乱の直後なのだ。
加えて辺境伯は病み上がりだし、来れなくても仕方がない。
まさかとは思うけど、ラシーダはまた、勝手に家を出てきたのだろうか……。
ラシーダには以前、勝手に家を抜け出して、ほとんどお供も連れずに成り行き任せで帝都に来ようとした過去があるのだ。
思い込みが激しくて、直情的で危なかっしい子なのだ。
見た目だけは、うん。
小柄で可愛らしいお嬢様なんだけどね……。
「ラシーダ」
私は、そんな子にうしろから声をかけた。
「その声は……!」
ラシーダが勢いよく振り向く。
「やはり、スカイ様! よかった会えて! あの、ミストお姉さまは……!」
「クウとマリエ、ね」
「あ、そうでした……。失礼しました。あの、マリエお姉さまはどちらに? まさか、新年会には来ていないのでしょうか?」
スカイとミストの名は、旅先だけでのものだ。
ラシーダには、私とマリエのことはちゃんと名前で呼ぶように言ったはずだけど、どうやら頭から抜けていたらしい。
ただ、私の言葉で思い出してくれたようで、すぐに訂正してくれた。
「来ているよ」
「そうですか! では!」
身を返して、ラシーダが走り出そうとする。
「その前に、ちょっとオハナシしよ?」
その手を私はつかんだ。
「なんでしょうか……? わたくし、今、忙しいのですけど」
うわ。
ものすごくめんどくさそうな顔をされた!
めんどくさいのは間違いなく、こっちなんだけどね!
「ラシーダさん、新年おめでとうございます」
セラが笑顔で言った。
それでハッと、ラシーダは皇女殿下もいることに気づいたようだ。
慌てて礼儀を正し、新年の挨拶をしてくれる。
「それで、どうしてここにいるの? お父さんやお兄さんとは一緒じゃないんだよね? まさか1人で来たの?」
落ち着いたところで、私はたずねた。
「はい! もちろん1人です! 今日はわたくしが北方辺境伯家の代表です!」
「……それって、ちゃんと許可は得ているの?」
「許可、ですか?」
キョトンとした顔をされた!
「お父さんからの、ね」
「大丈夫です。今回はちゃんと、書き置きを残しました。あと今回は、前回の失敗を繰り返さないように信頼できる者に護衛を頼んでいますので」
うわ。
また勝手に家から出てきたようだね、この子。
「それで、あの……。マリエお姉さまはどこにいるのでしょうか? わたくし、一刻も早くお姉さまの柔らかな体と甘い匂いを堪能したいのですが……」
ラシーダは相変わらずのようだ。
何の恥ずかしげもなく、そんなことを言ってのけた。
「どうしましょうか、クウちゃん」
セラは困惑していた。
と思ったら、
「せっかく来たのにマリエさんの体も匂いもお預けなんて可愛そうですし、わたくしたちで見つけてあげましょうか?」
とか、本気の様子で言う。
私は思った。
まあ、いいか、と。
だって、うん。
私のことじゃないし……。
それにマリエだって、男子からそんなことを言われたら大変だろうけど、相手はお人形みたいに可愛らしい年下の女の子だ。
抱きつかれたって、そんなに大変ではないよね。
「ごめん、セラ。じゃあ、お願いしていい?」
「え。クウちゃんは?」
「私はほら、オルデのことがあるし」
「そうでしたね。今日はこれから大切なイベントがあるのでした。わかりました。では、この件はわたくしにお任せください」
セラが笑顔で胸を張る。
「あの……。恐れ多くもセラフィーヌ様が手伝ってくださるのですか?」
「ええ。マリエさんなど、このわたくしの光の力をもって直ちに発見してみせましょう」
「さすがはセラフィーヌ様ですね! 心強いです! 頼りにさせていただきます!」
「がんばってねー」
私は2人を笑顔で見送った。
大ホールは広い。
前世でいうなら、楽に体育館くらいの面積はある。
隠れたマリエを見つけるのは、簡単ではないだろう。
果たしてマリエは、逃げおおせるのか。
いや、うん。
会場で逃げおおせたところで、絶対に後で捕まるだろうけどね……。
とりあえず、私は知らない!
あとは当事者たちにお任せするとしよう!
セラとラシーダが人混みに消えて――。
私は再びの食事を楽しむ。
「よ、クウ」
すると今度は、何故か正装したロックさんが現れた。
「あれ、ロックさん? どうしているの?」
「それはこっちのセリフだっつーの。おまえ、本気でどこにでもいるな?」
「あはは」
ロックさんは、栄誉あるSランク冒険者パーティーのリーダーとして、嫌々ながらも義務として参加しているそうだ。
なにしろ、いつもは姫様ドッグ店で普通に働いているから意識しないけど――。
実は準貴族扱いだしね、ロックさんって今や。
ただ残念ながらブリジットさんはいない。
パーティーメンバーの、ダズさん、グリドリーさん、ルルさんと一緒に、すべてをロックさんに丸投げしたそうだ。
「ったく。最低だよな、丸投げとかよ」
「あはは」
すみません、私も今、丸投げしたところです。
ちなみにロックさんのもう1人のパーティーメンバーであるノーラさんは、貴族令嬢でもあるのでパーティーには参加しているらしい。
私はまだ見かけていないけど。
と思ったら、嫌いな親戚から逃げて即座に中庭に出ていったそうだ。
「しかし、おまえも見たよな? 水の大精霊様だとよ。最近の帝都、すげーよな。この調子だとマジで大陸の中心になるんじゃねーのか?」
「あはは」
ホントにすみません、それも私の丸投げの結果です。
「ったく。気楽に笑いやがって。いいよな、おまえは」
「どうして?」
「頭空っぽで、3歩も歩けば全部忘れて、今のことしか考えてねーから気楽でよ」
「あのね。いくら私でも、そんなことはないからね?」
何を言っているのか、この人は。
「ほおー。なら、今はどんなことで悩んでいるんだ?」
「え?」
「悩みだよ、悩み。言ってみろ」
「別にないけど?」
今は。
そうしたら、思っきり笑われた!
ロックさんごときに!
私とたいして変わらない岩頭のくせに!
私が憤慨する中――。
ついに司会の人が、これより陛下からのオハナシがある旨を告げた。
オルデの出番だね。
私たちも口を閉じて、陛下の再登場を待つことにした。




