1229 新年会の始まり!
階段上に整列したところで……。
なぜかイルがふわりと浮き上がって、皇帝一家の前に出てきた。
イルは小さな手を広げて、堂々、こう言った。
「皆、今日はイルのカラアゲ祭りに、よく集まってくれたなの! イルは皆とカラアゲを楽しめることを、心から嬉しく思うの! よって皆に、今代の水の大精霊として、健康の祝福を与えてやるなの! 受け取るがよいなの!」
大ホール全体に……。
イルの体から水のきらめきが広がる……。
私はそれを呆然と見やった。
その水は、害のあるものではない。
回復効果を持つ魔法の水だ。
実際、水のきらめきに触れて、多くの参加者が即効性の効果を実感して、体が軽くなったと驚きと感動の声をあげた。
ただ、うん。
それはいいことだと思うけど、場違いも甚だしいよね……。
今日は新年会なんだし……。
断じて、カラアゲ祭りの日ではないんだし……。
ただ、イルは、ほんの少しくらいは空気も読めるようで、幸いにも、それ以上に余計なことはせずにアリーシャお姉さまの肩に戻った。
代わって陛下が前に出る。
「皆、今の彼女は水の大精霊イルサーフェ殿、この帝国に遊びに来てくれた大切な客の1人だ。彼女の好物ということで、本日はカラアゲの山々を用意させていただいた。本日は夜に晩餐会もあるがカラアゲも大いに味わってほしい」
陛下が鷹揚な態度で言った。
私はドキドキしながら成り行きを見守っていたけど……。
参加者たちの反応はよかった。
大精霊様の好物とあらば、それはいただかねばなりませんな。
と、みんな、カラアゲを食べる気になっている。
それについてはホッとした。
イルを受け入れてもらえそうでよかったよ。
「あと、見ての通り、水の大精霊殿はアリーシャと心通わす仲でな、近い内に正式な契約を結んでアリーシャは水の巫女となる予定である」
イルとお姉さまのこと、そんなに大々的に言っちゃうんだぁ……。
もっと密やかに済ませたかったんだけど……。
と私は思ったけど、もう遅い。
おおおお! 帝国の未来は安泰ですな!
と会場がさらに湧いた。
幸いにもこの後は、普通の挨拶となった。
悪魔の脅威を打ち払って、東側諸国との関係が改善されたこと。
しかし、悪魔の脅威が去ったわけではないこと。
……悪魔については、そういえば忘れていたけど、あの子のことがあった。
あの子……。
メティネイルだっけ、名前。
ゴスロリの悪魔少女。
あの子から聞き出した召喚魔術が本物であることを確認次第……。
召喚してみる予定だった。
確認作業は、帝国魔術師団長のアルビオさんを中心にして、ヒオリさんやフラウも手を貸して現在進められている。
どれくらい進展しているのだろう。
すっかり忘れていて、質問することもなかったけど。
明日にでも聞いてみよう。
覚えていたら……。
うん。
明日には忘れていたら、本当にごめんなさい。
陛下の話は続いた。
次の話は、ド・ミ新獣王国とトリスティン王国との間でズルズルと続いていた戦いが、ついにおわるということだった。
トリスティン王国の、完全な敗北という形で。
加えてトリスティン王国の再建について、帝国がカギを握ったこと。
「そのカギについては、この後、新年会の途中で、あらためて時間を取ってここにいる皆には紹介しようと思う。楽しみにしてくれたまえ」
……あー、そっかぁ。
私はすっかり忘れていたけど、今日はオルデも来るんだった。
新年会は、断じてカラアゲ祭りではないのだ。
オルデのシンデレラストーリーを、まずは帝国の中枢に知らせる場なのだった。
オルデとナリユの物語は、歌劇として発表の予定だ。
オルデには堂々と帝国の娘として、慣例に従ってトリスティン貴族家の養女にはなるけど、嫁いでもらう予定なのだ。
オルデは今日、まずは帝国貴族に紹介される。
オルデには相当なプレッシャーになることだろう……。
オルデの出自は隠さない。
それは他の誰でもない私が決めたことだ。
隠して後からバレて脅されたりするより、最初から堂々としていた方がいい。
その考えは今も変わっていない。
オルデは、今はまだ控室にいるのかな。
途中で時間を作って、陛下が直々に紹介するようだし。
あとで会いに行こう。
そんな陛下の挨拶の後――。
皇妃様からも新年を祝うお言葉をいただいて、お兄さま、お姉さま、セラにナルタスくんも短く新年の挨拶を行った。
セラは普通にしていれば、本当に立派な皇女様に見える。
クウちゃんだけに! クウちゃんだけに! なんて普段は叫びまくっていることなんて誰にも想像できないだろう。
お姉さまも、澄ましていれば完璧令嬢だ。
肩にイルを乗せていても、それは変わらない。
さすがだ。
お兄さまも、まだ若いのに風格が出ていて、立派な皇太子だ。
ナルタスくんは、まだ可愛い感じだね。
それはそれで良い。
うん。
皇帝一家は、みんな立派だね。
私にもよくしてくれて、感謝しているのです。




