1226 閑話・メイドは仕事をする
1226 閑話・メイドは仕事をする
「本日、ファーさんの指導を仰せつかりました、メイドのキティアラと申します」
「ファーと申します。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
ファーさんは、メイド行儀は初めてとのことでしたが、立ち姿に問題はなく、揺らぐことのない冷然とした表情も見事です。
これならば、このまま仕事に連れていけそうです。
「付いて来てください。まずは、本日のお客様の着付けを行います。ファーさんは、お客様の邪魔にならないよう壁際で見学をお願いします」
「はい。わかりました」
淀みなく答えて、ファーさんが私の後に付いてきます。
足取りにも問題はありません。
たいしたものです。
私はメイド。
帝都中央学院普通科を良好な成績で卒業し、中央文官にもなれるところを、あえて自らの選択でメイドとなって、早10年。
今では皇妃様からの信頼も受け、専属の1人として、日々、仕事に励んでいます。
ファーさんを任されたことも、信頼の証と言えるでしょう。
誠意、お応えせねばなりません。
ファーさんの素性についての説明は受けています。
彼女はメイドロボ。
国家機密として存在する、自我を有するゴーレムということです。
しかしどう見ても、肌も髪も瞳も、普通の人間の少女ですが……。
それほどの精密さです。
私は、彼女の主であるクウ・マイヤ様のことも存じています。
なにしろ私は皇妃様付きのメイドとして、皇妃様と共に彼女が経営する「ふわふわ美少女のなんでも工房」にも行ったことがあるのです。
マイヤ様は遠国の王女殿下。
という設定の、1000年ぶりにこの世界に現れた精霊様のお1人です。
無下に扱って良い相手ではありません。
実際、皇妃様も、マイヤ様のことは娘の友人として扱いつつも、敬意は常に払われています。
「ファーさんは、すでにメイドの作法については学習されているのですね」
「はい。書物に加えて、ヒオリ様から指導を受けております」
「そうですか」
ヒオリ様のことも私は存じています。
帝国の賢者。
帝国魔術の創設者にして、万物の知識に秀でた生きる図書館と呼べるお方です。
なるほど、初めてという割には、しっかりした所作のはずです。
必要以上の会話はすることなく、私は仕事の現場に入りました。
更衣室に入ると、すでに待機していた少女が向こうから一礼してきます。
「オルデ・オリンスです。よろしくお願いします」
「オリンス様、お待たせして申し訳ありませんでした。これよりドレスへのお着替えを手伝わせていただきます」
「はい。お願いします」
オリンス様は、帝都に住む平民の娘です。
しかし本日はゲストとして、皇妃様からの招待を受け、新年会に参加します。
普通なら有り得ないことですが――。
オリンス様には特別な事情があることを、すでに私は皇妃様から聞かされて知っています。
彼女は、平民の娘でありながら――。
他国の公爵家の跡取りと、この帝都で恋仲となり――。
嫁ぐことになっているのです。
びっくりするほどの、まるでおとぎ話のような、夢のお話です。
しかし、それは真実であり、故に彼女は今日、ここに来ているのです。
すでに皇妃様の手配で、オリンス様のためのドレスは何着も用意されています。
どれも最高級のものです。
私は手際よく、オリンス様をドレス姿へと変えていきます。
髪の手入れと、お化粧も施します。
それもまた、プロのメイドの腕の見せ所です。
私は完璧に仕上げてみせました。
しかし、心配もあります。
身だしなみだけを整えたところで、礼儀作法がなっていなければ、オリンス様は大きな恥をかくことになります。
ただ、それは私の杞憂でした。
支度がおわって、オリンス様が私にお礼の言葉をくれます。
帝国のものとは少し違いましたが――。
その時の所作は、とても流麗なものでした。
オリンス様は、帝都の平民の娘とのことですが、実は事情があって落ちぶれていた他国の高貴な家のお方なのかも知れませんね。
もちろん私は、そんな下賤な疑問など、一切、口にも顔にも出しませんが。
私は、そのあたりのメイドとは違いますので。
大宮殿のプロですので。
オリンス様の身だしなみを整えて、私は次の仕事場に向かいます。
休んでいる暇はありません。
新年会の会場となる大ホールに向かいます。
皇妃様の専属メイドとして、皇妃様の意向に沿った形で飾り付けがなされているかどうかを確認するためです。
「ファーさん、今の仕事についてはどうでしたか?」
ファーさんとも歩きながら会話します。
「はい。とても新鮮でした。特に化粧は初めて拝見させていただきました」
「ヒオリ様やマイヤ様は、お化粧は好まれないようですしね」
「しかし、マスターも成人されれば、マナーとして必要になるかと思いますので、私も覚えておきたく思います」
ハイエルフであるヒオリ様は、昔からお姿に変化はないようですが……。
精霊様は、成長するのでしょうか。
私は疑問に思いましたが、それを問うことはしません。
なぜならプロのメイドですから。
会場に着きます。
会場では残念ながらトラブルが起きていました。
料理長のバンザ様が怒っています。
「だから違うと言っているだろう! お上品に並べてどうする! 精霊様は高くて派手な盛り付けがお好みなのだ! カラアゲはそびえ立たせるのだ! そう、まさに――。聖なる山ティル・デナの如くに!」
作業スタッフは困惑しています。
それそうでしょう。
普通に考えて、カラアゲの積み上げなど新年会には相応しくありません。
しかもバンザ様は、精霊様のためだと叫んでしまっています。
マイヤ様のことは極秘事項だというのに。
ただ、マイヤ様がお望みであるのなら、例外は許されるべきでしょう。
それもまた皇妃様のご意思です。
私は間に入るため、バンザ様のところに向かいました。
その途中のことでした。
「バンザ、よく吠えたなの! その通りなの! イルが褒めてやるなの!」
「ふぁっ!?」
私は不覚を取りました。
プロのメイドだというのに、思わず変な声を出してしまいました。
だって、です。
いきなりパーティー会場の空中に――。
ぽんっ。
と、水玉を弾けさせて、水色の髪の小さな女の子が現れたのです。
それが誰なのかはわかります。
以前にやってきた、水の大精霊イルサーフェ様です。
ただ、水の大精霊様が新年会に参加する話は聞いていません。
マイヤ様以外の精霊様は、年末に大暴れしたことでマイヤ様から怒られて、しばらくこちらには来ないと聞いていました。
「ははーっ!」
バンザ様が膝をついて畏まります。
「でも安心するなの! イルはこう見えて心が広いなの! 山は素晴らしいものだけど、そうでなくても怒らずに食べてやるなの! さあ、お祭りの開始なのー!」
水の大精霊様――。
イルサーフェ様がテーブルのカラアゲに飛び込んでいきます。
フルスピードです。
しかし……。
次の瞬間、イルサーフェ様は消えてしまわれました。
いったい、何が起きたのでしょう。
ふと見れば、私の脇に控えていたファーさんの姿もありませんが……。
と思ったら2人ともホールの隅にいました。
ファーさんがイルサーフェ様を抱きかかえています。
「イルサーフェ様、パーティー前につまみ食いなどしたらマスターに怒られますよ」
「う。お、おまえはクウちゃんさまの従者なの!」
「はい。ファーと申します」
「ななな……! なんでここにいるのなの!」
「今は研修中です。それより、わかっていただけましたか?」
「う。わ、わかったなの。イルもつい、夢中になってしまっただけなの。もう落ち着いたから大丈夫任せるなの。食べないなの!」
「わかりました」
ファーさんがイルサーフェ様を床に降ろします。
「ふふ。様子を見に来てみれば、面白いことになっていますね」
そこに現れたのは――。
アリーシャ様でした。
「アリーシャ、久しぶりなの!」
イルサーフェ様がアリーシャ様に正面から飛び込みます。
「イルに会えるのは嬉しいのですが……。クウちゃんに怒られますよ?」
「許可はもらってきたなの! 今日はカラアゲを食い尽くしてやるの!」
「そうですか。なら良いです。では、時間までわたくしと散歩でもしましょう」
「わかったなの。今は我慢するの。バンザ、カラアゲは後の楽しみにしておくなの! たくさん準備しておくなの!」
「ははーっ!」
イルサーフェ様は、アリーシャ様の肩に乗って去っていきました。
「ファーさん、ありがとうございました」
「いえ。こちらこそ、マスター関連の方がご迷惑をおかけいたしました」
カラアゲに飛び込まれなくてよかったです。
テーブルを乱されてしまうと、元通りにするのには時間がかかります。
おっと。
のんびりしていることはできません。
急いで皇妃様のところに事態の報告に行かねば。
しかし、焦りは厳禁です。
プロのメイドたる者、いついかなる時でも、冷静に表情を変えず。
姿勢正しく、あらねばならないのです。
皇妃様への報告は、スムーズに行うことができました。
皇妃様は、こう言われました。
「そうでなくても良いとは言われても、我々は全力でもてなすべきでしょう。キティアラ、貴女に任せますので、聖なる山のようなカラアゲの山を見事に完成させなさい。水の大精霊様を大いに喜ばせて差し上げましょう」
「――畏まりました」
ホールに戻って、私は早速、バンザ様に皇妃様のお言葉を伝えます。
「さすがは皇妃様! 私も同意見でした! ではキティアラ殿、盛り付けは任せますぞ! 私は全力でカラアゲを作りましょう!」
バンザ様は意気込んで厨房へと戻っていきました。
私は正直、それなりに絶望しました。
バンザ様ではなく、私が山を作るのですか……。
私はプロのメイドです。
どんな仕事でもこなして当然。
皇妃様のお付きとあらば尚更。
皆も、そういう認識です。
なので、できません、と言うことはできません。
どうすればいいのか……。
そもそも聖なる山ティル・デナとは、具体的にどのような山なのでしょうか。
私が途方に暮れていると、脇に控えていたファーさんが言いました。
「聖なる山ティル・デナは、塔のようにそびえる山です。まずは支柱を用意し、高く積み上げていくのはいかかでしょう」
「ファーさんは、聖なる山ティル・デナを知っているのですか?」
「はい。フラウ様からよく話は聞いています」
詳しい話を!
私は叫びかけて、ぐっと堪えました。
プロのメイドは、感情を乱すものではありません。
眼鏡を整え、冷静に沈着に、ファーさんの提案を詳しく聞くことにします。




