1225 クウちゃんさま、提案する
「それは店長、しっかりと学院で勉学に励み、知識と自信を身につければ克服できる問題かと。来年こそ本気で頑張りましょう」
家に帰って、なんとなく、大宮殿でエリートメイドさんにぐるぐるして逃げ帰ってしまったことをヒオリさんに語ると……。
ヒオリさんに、それはもう知った顔をされて、そう言われた。
「まるで去年が本気じゃなかったみたいだね、それ」
「え」
「ん?」
「いえ、あの……。本気だったのですか?」
「そうだけど?」
それがなにか?
テストの度に私、ひーひー言いながらも友達に助けられて本気で頑張りましたが?
「失礼しました」
ヒオリさんが深々と頭を下げる。
ちなみにオハナシしている場所は工房の制作室だった。
私は、せっせと商品を作っています。
開いたままになっているドアごしの中庭では、フラウが朝から人間大の土ゴーレムを生成して訓練に励んでいる。
フラウは努力家で勤勉だ。
古代竜としての高い能力に胡座をかくことはない。
「ねえ、ヒオリさん」
頑張るゴーレムの様子を見て、ふと私は思った。
「はい。なんでしょうか、店長」
「来年からさ、クラス対抗で順位をつけるの、やめよっか」
「と、言いますと……」
「学院のことね?」
「それはわかりますが……」
「クラス順位があるとさ、みんな、圧力を受けるよね。成績は個人の問題なのに、全体の責任まで生まれちゃって。努力は個人がするもの。結果は個人で受けるもの。私、個人は個人でいることがのびやかでいいと思うんだよね」
うん。
クラス対抗がなければ成績はただの個人問題。
どうでもいいことになるよね。
「学院生は将来、国の中枢になることを期待されている人材です。集団責任を受け入れ、集団の中での強さを身につけることは必須だと思うのですが……。それに個人の結果は、個人だけでなく関わる者すべてに繋がるものです。ゴーレムでさえ、その訓練や努力の結果は、召喚者の評価へと直結していくわけなのですから」
「ねえ、ヒオリさん」
「はい。なんでしょうか、店長」
「あのね、私、国の中枢とかには行かないの。だから、私には関係のない話なの」
「しかし店長、それでは克服できませんよ?」
「よく考えてみるとさ、私が克服しちゃったら、面白くないよね?」
それこそ最強無敵になってしまう。
完璧。
すなわち、カンちゃんペキちゃん。
クウちゃんではなくなってしまう。
そのことをヒオリさんに伝えると、
「しかし、店長はコクちゃんでもフクちゃんでもありませんよね? クウちゃんだけにが合言葉のくうくうクウ様ですよね?」
と言われたけど。
うん。
それはね、その通りなのですが。
「クウちゃん! 見てほしいのである! バク転なのである!」
フラウが庭から声をかけてきて、土ゴーレムに後方空中回転をさせた。
「わー、すごいねー!」
ぱちぱちぱち。
私は笑顔で拍手を送った。
「それで、店長……。結局、変更すればよいのですか?」
「ダメならいいけどさ……」
「いえ、某はあくまで店長の従者。店長が本気でお望みとあらば当然変更しますが」
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「お任せください! 来年から成績順位は個人のみでつけるものとします!」
「ありがとねー」
私はクウちゃん、12歳。
ふわふわするのがお仕事の、ふわふわな精霊さん。
学院でもふわふわできるのなら、それが一番よいのです。
自分がよければそれでよいのです。
エカテリーナさんに迷惑をかけずにも済むしね。
ああ、そういえば、今日の新年会ではエカテリーナさんも来るのかな。
エカテリーナさんと会うのも楽しみだね。
思えば私も、友達が増えたものだ。
それはとてもとても嬉しいことだ。
「ねえ、ヒオリさん。大宮殿の新年料理って、どんなのだろうねー。楽しみだねー」
「カラアゲなの」
「ひいいい!? いきなり何ぃ!?」
いきなり真横に小さな水色髪の女の子、イルが現れたぁぁぁ!
腕組みして、偉そうに言ったぁぁぁ!
私は驚いて、あやうくひっくり返りかけましたよ!?
「わざとらしい驚き方はやめるなの。最強無敵のクウちゃんさまが、イルごときの接近に気づいていないはずはないくせに、なの」
いや気付けなかったからね!?
私、よく誤解されるけど、そこまで完璧じゃないからね!?
のんびりしている時には思いっきり油断しているからね!?
「……で、何? ……というか、挨拶会がおわるまでは来ない約束だったよね?」
「アクアから通信があったなの」
「アクアから……?」
アクアは、スオナと共にいる水属性の妖精。
もともとは幽霊から進化したしゃべれない子だったけど、年末に水の大精霊たるイルの導きで進化して普通に会話できる子となった。
イルとは、その時につながりを持ったのだろう。
「今日のニンゲンの祭りで、イルに捧げるカラアゲが出るそうなの。故に、イルはその祭りに出なければならないなの。クウちゃんさまの許可を得るために来たのなの。イルはこう見えてちゃんと約束は守る良い子なのなの」
「……ちなみに、どこのどんなお祭り?」
「大宮殿の新年会なの」
「なるほど」
カラアゲを準備しているのはバンザさんかな。
先日、イルにごちそうしたしね。
イルの大好物だということは知っているわけだし。
私は反射的に、「ダメです」と言いかけた。
言いかけたけど……。
「会場ではアリーシャと一緒にいるなの。クウちゃんさまの迷惑にはならないなの。だから許可だけくれればそれでいいのなの」
まあ、うん。
精霊は、面白いことが大好きなのだ。
楽しいことも大好きなのだ。
私が好きにしているのに、イルにはダメというのは違う気もする。
「わかった。いいよ。お姉さまの言う事はちゃんと聞くんだよ?」
「やったなのー! 早速、アリーシャのところに行くなの! またなのー!」
大喜びしてイルは行ってしまった。
一気に気配が遠のく。
「イルサーフェ様も、相変わらずお元気そうで」
「騒動を起こさなきゃいいけど」
「それは平気かと。店長と違って、理解さえすれば、ちゃんと良識を持てる方だと思いますよ」
「ねえ、ヒオリさん」
それはどういうことかな?
ヒオリさんとは、まだ少し、オハナシの必要がありそうだね。
うん。




