1223 閑話・セラフィーヌの新年
「クウちゃんだけに、ですか……」
新年1月4日。
わたくし、セラフィーヌは今、1人、大宮殿の3階のテラスから奥庭園の景色を見ています。
冬でも奥庭園は美しいものです。
さすがに夏季ほどではありませんが、多くの花々を見ることができます。
年間を通じて職人が手入れしてくれているおかげですね。
感謝しなくてはいけませんね。
花々のおかげで、わたくしの心は癒やされます。
そう。
わたくしは今、退屈です。
学院は、冬季休暇中でお休み。
自習もできません。
帝国貴族は、明日5日の新年会を迎えてから動き始めるのが常識なのです。
4日までは、穏やかに過ごすのが常識なのです。
もちろん、騎士を始めとした職業によっては例外もありますが……。
皇女は例外ではありません。
穏やかにしていなければ、無粋な子とされてしまいます。
いっそ、無粋でも……とは思うのですが、わたくしは今のところ、型から外れて自由に生きるだけの覚悟は持てません。
なので静かに、慣習に倣って大人しくしています。
「……それは、くう。ですね」
わたくしはつぶやきます。
そう。
自由と言えば、まさにクウちゃんです。
クウちゃんだけに……。
わたくしは未だ、クウちゃんだけにの域には、達していないということですね。
なので今、クウちゃんだけにとつぶやくわたくしの声に……。
いつもの覇気はありません。
「クウちゃんだけに、くう」
どうしても、ため息まじりになってしまいます。
だって、退屈なのです。
何もやることがないのです。
クウちゃんは今頃、どこで何をしていることでしょうか。
きっと楽しく、大暴れしているのでしょう。
「……まさに真実、まさに真理。ですよね」
わたくしは1人、小さく笑います。
大暴れするクウちゃんを想像したら、少しだけ楽しい気持ちになりました。
明日の新年会には、もちろん、クウちゃんも来ます。
どんな大暴れをしたのか、聞くのを今から楽しみにしていましょう。
「姫様、気分転換に散歩などいかがでしょう」
あまりに憂鬱げなわたくしを見かねたのか、脇に控えていたシルエラが声をかけてきました。
シルエラはわたくしの専属メイドです。
年末年始もお休みなく、常にそばにいてくれています。
ありがたいことです。
本当なら年末年始には、ゆっくりとお休みを取ってほしいところですが……。
シルエラには帰郷先のないことをわたくしは知っています。
シルエラは幼少期に邪悪な意思を持った貴族にさらわれて、過酷な環境で生きてきました。
故郷や両親の記憶はないそうです。
そして……。
バルターの調査で、シルエラの故郷がすでに滅びていることは判明しています。
邪悪な貴族の手によって、邪悪な存在の贄にされたのです。
「そうですね。そうしましょう」
わたくしは、できるだけ明るい笑顔で席を立ちました。
クウちゃんだけに、くうです。
シルエラの前で、いつまでも子供みたいにいじけていてはいけません。
わたくしはまだ子供ではありますけど、主なのですから。
まさにそれこそ、クウちゃんだけに、なのです。
わたくしはシルエラと共に奥庭園を歩きました。
妖精のミルはいません。
また来るそうですが、今は妖精郷に帰ってしまっています。
奥庭園にはアリーシャお姉さまがいました。
「あら、セラフィーヌ」
「ごきげんよう、お姉さま」
お姉さまは東屋で唐揚げを食べていました。
「よかったらセラフィーヌもどうですか? イルサーフェ様のためにバンザが考えた新作の唐揚げですよ。明日の新年会でも出すそうで、試作していた品をいただいたのです」
また太りますよ。
わたくしは言いかけて、その言葉は飲み込みました。
まだ新年なのです。
ゆっくりする時間なのですから、お小言は無粋というものですよね。
それにお姉さまは体型を戻されていますし。
鍛えに鍛えて、すっかり筋肉質です。
はい。
お美しさは変わらずですが……。
以前と比べて明らかに精悍で、逞しくなられておいでです。
唐揚げは肉。
肉は筋肉を作ります。
婚約を控えて、さらに逞しくなるおつもりでしょうか……。
とも思ったのですが、それも口にはしません。
新年ですしね。
「それは興味が湧きます。せっかくなのでいただいてもよろしいですか?」
「ええ。もちろんよ。さあ、お座りなさい」
お姉さまに促されて、私も席につかせていただきました。
バンザは大宮殿の料理長。
いつも美味しい料理を作ってくれています。
さらには最近では、クウちゃんから「料理の賢人」という称号をいただきました。
いえ、正確にはクウちゃんではなく、ク・ウチャンですね。
名前を間違えるとクウちゃんは嫌がります。
注意せねば、ですね。
まさに、クウちゃんだけに、くうです。
イルサーフェ様は、水の大精霊。
見た目は小さな女の子で、実際、精霊としては若い子らしいです。
唐揚げが大好物で、それはもうたくさん食べます。
美味しい唐揚げをお出しすることは、大切な外交となります。
わたくしは唐揚げをフォークに刺しました。
見た目は、普通です。
よくある唐揚げに見えますが……。
料理の賢人たるバンザの新作なのですから、普通ということはないでしょう……。
かぷり。
わたくしは期待しつつ、唐揚げをかじりました。
「こ、これは……」
次の瞬間、わたくしは戦慄しました。
肉汁です。
肉汁が噴水のように溢れました。
以前に食べたバンザの唐揚げも見事な肉汁でしたが、さらに増しています。
まるで、そう。
この味を表現するのならば……。
クウちゃんだけに、です!
クウちゃんだけに!
クウちゃんだけに!
くう!
それ以外の言葉が見当たりません!
わたくしは気づけば、夢中になってパクパクしていました。
まさにくうちゃんです!
どうやら今年は、わたくしも筋肉をつけてしまいそうです。




