1222 新年、姫様ドッグ店にて!
私は早速、ブリジットさんと2人で姫様ドッグ店の事務室に乗り込んだ。
「え。お嬢様が、また手伝ってくださるのですか?」
「任せて! 遠慮はしなくていいからね!」
「しかし……。本日は新年とあって、大変に混み合っておりまして……」
「大丈夫! 私、こう見えて経験者ですし?」
おすし?
「あ、給料は姫様ドッグの現物支給でいいから安心してねー! さ、ブリジットさん、お店に出ようかー!」
このクウちゃんさまが来たからには、もう安心だからね!
お。
これはこれは……。
いきなり行列が乱れていますね!
はい、みなさーん!
整列ですよー!
キチンと綺麗にカウンターごとに3列に並びましょうねー。
前との感覚は、小さく前ならえだよー!
肘を曲げて、手を伸ばしてねー!
「ふぉぉぉ! こ、これはぁ! クウちゃんさんにマイ・ファーストエンジェルのウェイトレス姿ああああ、ぐはぁっ!」
「はーい! 列を乱したヤツはこうなりまーす! 死にたくなければちゃんと並ぶことですよー!」
「クウちゃんさんに踏まれる新年……。これは大吉ですね……」
幸いにもお客さんは礼儀正しかった。
ボンバーを踏みつつ、私はテキパキと指示を出した。
うむ。
我ながらカンペキだ!
ちなみにマイ・ファーストエンジェルとは、店員姿のブリジットさんのことだ。
ボンバーは最初、ブリジットさんに一目惚れしていたのだ。
ボンバーは、しばらくしてタタくんが回収していった。
ロックさんは厨房に戻った。
ブリジットさんは順番待ちのヒトに事前に注文を聞いている。
たまにトラブルもあったけど……。
「どけどけどけ! 俺様こそは帝国の西を代表する剣の達人、ツ・ヨーイ! ここにぃ! Sランク冒険者の剣士とかいうのが居ると聞いて、わざわざ会いに来てやったぞ! おい、いるのか!? いないのか!? 勇気と度胸があるのなら、この俺の前に出て――。ぐはああああっ!」
「じゃま!」
どうして本当に、筋肉のかたまり系の人はポーズをキメて進路妨害をするのか!
客でもないようなので遠くに蹴っ飛ばしましたけどね!
トラブルは即座に解決なのです。
姫様ドッグ店は、最初はただの屋台だったけど……。
今では立派な店舗を持って、昔ながらの店頭販売を続けつつも、お洒落なレストランカフェにも進化している。
カフェのオープン席は、私も気に入っている。
賑わう広場の様子を眺めつつ食べる姫様ドッグは格別なのだ。
今日は店員さんだけど。
て、お!
何気にオープン席に目を向ければ――。
お洒落な服を着たオルデがいるね!
オルデは、いろいろあってナリユキだけのナリユ卿と結婚することが決まった帝都のお花屋さんの娘。
調印式に参加して、その時、正式に人生が決まることになっている子だ。
同席するのはモッサ。
モッサは、元武闘家のチャンプ。
だけど今は、トリスティン王家正統の由緒正しき礼儀作法を身に付けた超一流の執事だ。
礼儀のテストをしているのだろうか……。
紅茶を飲むオルデの姿はリラックスしたものだったけど……。
モッサは、それを静かめに眺めていて……。
2人のテーブルには、妙な緊張感があった。
私は思わず、こっそりと見入ってしまった。
オルデは、モッサが開いた礼儀教室の最初の生徒。
いわゆる一番弟子だ。
オルデの運命の日を前にして……。
卒業試験とかを、しているのだろうか……。
紅茶に口をつけたオルデが、見事な仕草でティーカップをテーブルに戻した。
それを見たモッサが微笑んでうなずく。
何やらモッサから声をかけられて、オルデが小さく頭を垂れた。
どうやら……。
合格のようだ。
私は思わず、外から拍手をしてしまった。
2人の視線が私に向いた。
「おめでとう、オルデ。新しい生活も大丈夫そうだね」
私はオルデに声をかけた。
オルデは驚いた様子で私のことを見るけど……。
やがて、再び小さく頭を垂れた。
「ありがとうございます。――様」
オルデの言葉は濁されたものだった。
あーそっかぁぁぁ!
オルデとは私、ソード様として会っているんだったぁぁぁ!
思わずクウちゃんのまま声をかけてしまったよぉぉぉ!
マズイ!
正体がバレてしまったぁぁぁ!?
私は大いに動揺した!
モッサもまた、私に小さく頭を垂れていた。
そんなモッサが言う。
「――我が一番弟子に、精霊様のお導きがあらんことを」
その祈りを受けて、私は冷静になった。
「任せて」
ユイにナオにエリカとの新年会でも、オルデのことは話した。
お兄さまとも打ち合わせはしている。
大宮殿で盛大に行われる明日の新年会では、オルデとナリユの奇跡の出会いの物語が発表される予定だ。
作はカイルくん。
カイルくんは本当に立派になったよね。
出会った時にはただの、妹に寄生するダメなお兄さんだったのに。
セラやアンジェ、エミリーちゃんたちだけではない。
出会ったヒトたちは、みんな、成長している。
あのボンボン貴族のフロイトですら、ミレイユさんの力に頼りっきりだったとはいえ騎士として評価を上げていた。
すごいよね。
私も負けてはいられない。
オルデとモッサと別れて、私は仕事に戻った。
まずは店員さんだね!
行列の乱れは、このクウちゃんさまが許しませんよー!
と、私が大いに気合を入れ直した――。
その時だった……!
「なんだとテメェ! この俺様のホットドッグが食えねえだとおおお!」
ロックさんの怒鳴り声が響いた!
何事!?
「ふ。ふふふ。君ぃ、この僕を誰だか知っていて、そんな口を利いているのかい? 僕こそは帝国の西を代表する食の求道者、ドン・ブーリ! なり! なり、ん……」
あ。
ロックさんが瞬時の手刀で食通さんを気絶させちゃった。
さすがの手際だ。
「あーあ。おい、客。高血圧か? いきなり気絶しやがって。迷惑だろうがよ」
わざとらしくそう言って、ロックさんは食通さんを肩に担いだ。
ロックさんはそのまま、店を出ていった。
まあ、うん。
先日のシャルさんのお店といい、帝都の食べ物屋さんは今、食通ブームで各地から面倒なお客さんが来て大変なのだ。
私は気にせずに仕事を続けた。




