1218 幼馴染組との新年会、魔王の影
「クウ……。しつこいようですが、本当に、クウではありませんのね? 海洋都市で噂になっている魔王クスカイというのは」
「もー。違うってばー」
エリカに繰り返し質問されて、私はイラッとしつつも否定した。
今日は1月3日。
早朝。
まだ夜も明けきらない朝の時間だけど、私は今、リゼス聖国の聖都アルシャイナ、その中心にある聖女の館に来ていた。
ユイの家だ。
一緒にリビングにいるのは、ユイ、ナオ、エリカ。
リトは珍しく、私たちの新年会に気を使ってか精霊界に戻っていた。
「だいたいクスカイなんて、どこにもクウちゃん要素ないよね?」
「ありますの」
「どこに?」
「ク、がついていますでしょう」
「そかー。って、いくらなんでも強引だよね!?」
で、なのですが……。
いきなりエリカから、こんな感じで私、追及を受けております。
ホントにね。
クスカイなんて、完全に他人だよね。
クだけで私とか有り得ません。
うん。
私は断言できるよ!
私ではありません!
「……でも、クウじゃないとすれば、本当に魔王なのかなぁ」
ユイが不安げにつぶやいた。
「そうですわね……。以前にわたくしたちは、魔王は物語的にわたくしたちの成人に合わせて出現すると予測を立てていましたが……。そうなると残念ながら予測は外れたことになりますの」
「大丈夫。私は覚悟している。戦える」
ナオの態度は飄々としたものだった。
気負う様子はない。
「ところでナオ。オルデ・オリンスって覚えてくれている?」
「もちろん。ナリユ卿の結婚相手」
「予定通り、まずはトリスティンの貴族家の養女にして問題なさそう? 調印式の日に連れて来ていい?」
「問題はない。新獣王国に反対の声はない。トリスティンが、帝国から復興支援を受ける話についても進めてくれて構わない」
「そっか。よかった」
「それについては、むしろわたくし――ジルドリア王国が反対なのですけれど」
エリカが言った。
「そうなんだ? なんで?」
「支援は我が国が行って、実質的にトリスティンを属国にする予定でしたの。帝国は余計な横槍を入れてくれましたわ」
「そう。それが困るから、新獣王国は賛成の側に回る」
「誓いますが、新獣王国と争うつもりはありませんの」
「それは、私たちが生きている内の話。私たちは、どれだけ健康でもいずれ死ぬ。死んだ後、西側の覇者となったジルドリア王国が攻めてきたら新獣王国としては厳しい。それならトリスティンは山脈を隔てた帝国の影響下にある方がいい。その方が安全」
ナオの言葉を聞きつつ、私はしみじみと思った。
そっかー。
2人は、もう国の指導者なんだよねー。
いろいろ考えているんだねー。
と、ここでユイが、空気を読まない明るさでポンと手を叩いた。
「ねーねー! それなら私、いいアイデアがあるよっ!」
「なんですの?」
「クウにお願いしておけばいいよねっ! 私たちが死んだ後、もしもどっちかの国が戦争を起こそうとしたら、その時には成敗してほしいって! それならずーっと安心安全だよねっ!」
「……それはどうかと思いますの。人の責任は人が取るべきですの」
「同意。精霊の力は世界のためにあるもの。人のためにはない」
「そかー」
と、これは私のそかーではありません。
聖女ユイちゃんです。
「まあ、私としても、3人が困っているなら助けるけど……。その先のことはなんにも約束はできないよー。そもそも私、普通にヒトとして成長しているしさ。確かに私は精霊だけど、普通にみんなと同じ年代で消えちゃうかもだよ」
「え。そうなの?」
ユイに驚いた顔をされた。
「うん。だって、それで十分に、この2回目の人生には満足できそうだし」
精霊は、存在することに未練がなくなれば自然に消滅する。
ヒトとして十分に生きて――。
その後、3人がいなくなって、真っ白になった世界で1人だけ生きる自分は、少なくとも今は想像することもできない。
「……それなら、さ。みんなでお礼を言えるといいね。アシス様のところに戻ってありがとうございましたって」
「だねー」
「そうですわね。それは、とても素敵な最期ですの」
「同意。我が生涯に一片の悔いなし、って伝えたい」
ナオが前世の漫画の覇王を真似て、天井に拳を高く伸ばした。
私たちは、しみじみとうなずいた。
うん。
私もそれがいい気がする。
1人だけ残っても、ね。
寂しいだけだけし、なんかすごく嫌だ。
「いずれにせよ、まずは魔王クスカイを倒してからの話ですの」
「といってもさ、噂だけなんだよね? 実在しているなら大変だけど、影も形も今のところは何もないよね?」
「ない。海洋都市には諜報員を何人も送り込んで、ファミリーにも強い圧力をかけているけど、本当に今は噂だけ」
「出処は?」
「それも調査中。ただ、すでにかなり調べているけど、たとえば邪教集団がいるとかはなさそう。ただ……」
「ただ?」
「青の魔王っていうのは、クウのことでオーケー?」
「う、うん……。それは、ね……」
私が海洋都市で大暴れした時の異名ですね……。
「青の魔王と混在してしまっていて、なかなかに難しい部分もある。いっそクスカイもクウなら簡単だった」
「そかー」
と、これは私です。
本家本物です。
「ク・スカイ。すなわち、空色のクウ。まさにクウ」
「あはは」
言われてみれば、そうだねー。
「その場合、海洋都市の魔王は、すべて、クウに懲らしめられた悪党の悪夢だったというオチですわね」
エリカが肩をすくめて言った。
「それならホント、楽でいいよねー」
私は笑った。
「楽というか、クウ」
急にエリカが真顔になった。
「ん?」
「それなら本当に、ただの大迷惑ですの」
「あー。うん。そだねー」
あはは……。
まあ、うん。
ないけど。
あったらジャンピング土下座確定案件だよね、実際!




