1216 ファーとの戦い
アンジェとの戦いがおわって、次はファーとの打ち合いになった。
早速、お互いに木刀を構えて、勝負を始める。
ファーは動体視力も完璧だった。
私の動きをしっかりと見て対応してくる。
だからこそ、視線の動きや、体の軸のずれに反応してしまって――。
面白いほど簡単にフェイントに引っかかった。
なので最初は楽勝だった。
ただ、うん……。
ファーは、一度見たことは忘れない。
学習能力も完璧だった。
なので、確かに最初は楽勝だったけど、虚実を含めた攻撃でファーを翻弄すればするほどファーは学習して――。
途中からは、虚にも実にも正確に対応するようになってきた。
かといって普通に打ち合えば、ファーは、まるで詰将棋みたいに、最適の手順でこちらを追い詰めてくる。
それに負けることなく、ファーと互角に打ち合いを続けていたセラは、実は相当に賢かったようだ。
私は正直、正面から打ち合って少し焦った。
とはいえ、私とファーでは、幸いにも純然たるパワー差があった。
最適の一手を力で押し返しながら、私は勝利を重ねた。
「じゃあ、ここまでにしようか」
「ありがとうございました、マスター」
「勉強になった?」
「はい。未知の動作情報を多く入力することができました。次からはより適切に対応してみせます」
「そかー」
私は笑ってうなずいた。
これは、うん。
魔法なしでの勝負なら、遠からずファーに一本取られる日が来そうだ。
恐るべし才能!
お母さんとしては怖くも嬉しいです!
かたわらでは、しゃがみこんだアンジェが声を上げていた。
「あーもう! 悔しー! 私の負けよー!」
「ふふ。さすがに年季が違いますから」
どうやらセラとアンジェの対決は、セラの正統派の剣技が、アンジェの怒涛の攻めを捌き切ったようだ。
「といっても、たったの半年程度でしょ」
「その半年が大きいのです。簡単には追いつかせませんよ」
「次を見てなさいよね! 2年生の武闘会でリベンジしてあげるわ」
「お。アンジェ、今年は出るんだ?」
アンジェは1年生の時は、先輩への遠慮で参加は辞退していた。
「んー。そうね。勢いで言ってみちゃったけど、ごめん、わからないわよね。先輩に目をつけられるのもイヤだし」
「あはは。メイヴィスさんたちの後を継いで狂犬トリオになるなら、そんなの気にしなくてもいいのに」
「あのね。ならないからね!? 私はこれでも優等生なのよ!?」
「メイヴィスさんたちだって優等生だよね?」
「そういう問題じゃないの。武闘会については、私は寮生だから先輩たちとの距離も近いでしょ。いろいろあるのよ」
「アンジェちゃんと戦えないのは残念です」
セラがしょんぼりと言った。
「でも今日の借りは、次の訓練の時に、返させてもらうからねっ!」
「はい。受けて立ちます」
セラがアンジェに手を伸ばした。
その手を握って、アンジェは身を起こした。
「ファーもまた戦おうね」
「はい」
私が笑いかけると、ファーは無表情のままうなずいた。
いくら自我が芽生えたといっても、みんなとの会話になるとファーは自然に待機状態になってしまう。
自発的に発言することはない。
まさに、メイドではあるけど……。
ここで私は、小学校時代の、まったく好きにはなれなかった教師のありがたいお言葉を思い出した。
もっと積極的に、会話の輪に加わりなさい。
自分から動かなくては友達はできませんよ。
それは私ではなくって……。
私は、うん。
エリカやナオ、ユイたちといつでもつるんで、どちらかといえばグループを作る側の人間だったしね……。
クラスの大人しい子に、そんなことをみんなの前で言っていた。
イヤな大人だなぁ。
と子供ながら、思っていたものだ。
それをファーに言う気はない。
まずはメイドでも十分だろう。
そもそもメイドロボなんだし。
自然なまま、一緒にいられればいいよね。
中庭では、ヒオリさんたちの基礎訓練も最後の挑戦になっていた。
フラウが呼び出した土のゴーレムに、エミリーちゃんたちが渾身の一撃を与えて破壊しようというものだった。
「やー!」
と、マリエが上段からの必殺の一撃をゴーレムに叩き込んだ。
へろへろっとした……。
とてもとても弱そうな一撃だった。
直撃の瞬間には、
ぺちん。
と、可愛らしい音が聞こえた。
ここでフラウと目があった。
私が笑いかけると、フラウはうなずいた。
フラウがゴーレムの魔法を解いた。
ゴーレムが崩れる。
「やったー! マリエが倒したわ! さすがはマリエね! 幻影のミストの二つ名は伊達ではないわよね!」
ミルがキャッキャと喜ぶ。
「さすがはマリエ。見事なトドメだったね」
私はマリエにしゃべりかけた。
「えっと、うん……。ありがと……。気のせいか、自然に崩れただけのような気もすごくするけど……」
「あははー。気にしない気にしないー」
「クウちゃんたちもすごかったよ! わたしも早くあんな風になりたい!」
エミリーちゃんが興奮した様子で言った。
「エミリーちゃんなら、すぐになれると思うよー」
努力家で才能もあるし。
私と少し話して、エミリーちゃんはファーのところに駆け寄った。
フラウとヒオリさんもだ。
3人は、ファーの戦いぶりを特に見ていたようだ。
すごかった、とファーのことを褒めていた。
ファーは恥ずかしげにしていた。
うん。
いい表情だと思う。
「ねえ、クウちゃん。次は柔軟性の大会なんだよね? それって私でも大丈夫なヤツなんだよね?」
「ねえ、マリエ」
「どうしたの、クウちゃん? 危険なら私、棄権を……」
「ギャグ?」
キケンだけにキケン的な。
「ううん。真面目に言っているからね?」
「ねえ、マリエ」
「どうしたの、クウちゃん?」
「ごめん。柔軟性の大会、まったく考えてなかったよ」
訓練中に考えるつもりだったけど、思わず夢中になってしまっていた。
「内容が、ないよう?」
「ギャグ?」
「ううん。確認しただけだけど……」
「何かないかな?」
私はマリエにたずねた。
「柔軟性の大会なら、柔軟体操でもすればいいんじゃないかな?」
なるほど!




