1210 ファーとのひととき
食事の後は、ヒオリさんが水の魔術で食器を洗浄して、私とフラウでパパッと食器を棚にしまって――。
すぐに、落ち着いた時間となった。
「さあ、じゃあ、お風呂にしようか。ファー、一緒に入ろ」
お腹が膨れたら、次は体をさっぱりだよねっ!
「え。あの、マスターとですか?」
「うん。ファーの体がどうなっているのか、よく見てみたいしね」
「私の体を……ですか?」
どうしたのだろうか。
気のせいか、ファーの反応が微妙だけど。
「うん。ファーの肌って、ゴーレムの時は硬かったけど、今は柔らかいし体温まであるよね。いろいろと細かく見ておかないと」
今後のメンテナンスに関わる大切なことだし。
「マスターがそうおっしゃるのであれば……。すべてお任せします……」
ファーがもじもじしながらうなずくと――。
ヒオリさんが苦笑混じりに言った。
「店長、ファーはもう普通の女の子に近い存在ですよ。そんなストレートな物言いはさすがに可愛そうです」
「で、ある。いかにクウちゃんとはいえ、さすがに不躾なのである」
「え、あ、うん。ごめん」
そ、そかー。
ファーはもう、ゴーレムではないのかー。
いや、うん。
ゴーレムだとは思うけど……。
「えっと、じゃあ、1人で入ろうか」
その方がいいのかな。
と思ったら。
「いえ。私はマスターと一緒に入りたいと思います」
「……いいの?」
「私もマスターの裸体に興味があります。まだデータにありませんので、万が一に備えて記録させていただきたいと思います」
「え。あの」
それはかなり、恥ずかしいというか嫌なんでけど。
「むむ! それは妾も興味があるのである!」
「そうですね……。考えてみると、店長のお体をじっくりと観察させていただいたことは未だにないですね……」
「やめてねっ!?」
いや、うん。
ホントに。
幸いにも我が家のお風呂場はそんなに広くない。
一般的な家庭サイズだ。
なので、さすがに4人で入ることはできない。
私たちは体のサイズが小さいので入ろうと思えば入れちゃうんだけど、入れないということにしておいた。
というわけで。
ファーと2人で入ることにした。
まずは脱衣所。
「さあ、ファー。バンザーイ、ってしてみようか。ぬぎぬぎしようねー」
「あの、マスター。さすがに1人で脱げますが……」
「え。そうなの?」
「はい……」
「そかー」
「むしろ、私の方がマスターの服を脱がさせていただきたく。ぬぎぬぎさせていただいてよろしいでしょうか?」
「あ、えっと」
結局、それぞれ、自分で脱ぐことにしました。
全裸になりました。
早速、浴室に入りました。
「さあ、ファー。洗ってあげるから、そこに座ってー」
「マスター、洗うのはメイドの仕事です。私が洗って差し上げますので――」
「いいからいいからっ! ほーら」
ファーを椅子に座らせた。
私はうしろに回る。
「まずは背中から行くねー」
スポンジに洗剤をつけて、優しくごしごし。
ごしごししつつ……。
ご観察……。
服の上からでもわかっていたことではあるけど……。
本当にファーは人間の少女みたいだ。
肌は柔らかいし、体温もある。
胸も自然に膨らんでいる。
髪もさらさらだ。
自分で進化させておいてなんだけど、本当に不思議だ……。
でも、うん。
考えるまでもなく、それを言ったら私もだよね……。
我ながら超チートだし……。
精霊さんだし。
「……ねえ、ファー。ひとつだけ、真面目に聞いてもいいかな」
「はい。何でしょうか、マスター」
「あのね……」
実は私には、どうして気になっていたことがあった。
でも、聞こうかどうかは迷っていた。
特にみんなの前では。
でも今は、2人きり。
聞くとすれば、今しかない。
「本音で答えてね? 遠慮はしなくていいから。本当のことが知りたいの」
「はい。わかりました」
私は思いきって、聞いてみることにした。
「……あのね、ファー。
もしかして……。
にくきゅうにゃ~んって、イヤだった?」
私はたずねた。
そう。
ファーは、ずっとニクキュウニャーンを挨拶にしてきた。
私がそれを可愛いと思ったからだ。
でも、うん……。
自我を得たファーは、なんとなく、というか、明らかに、ニクキュウャーンに抵抗感を持っていた。
なので、嫌なんだろうけど……。
それなら察しろよって話なんだけど……。
でもやっぱり今後のため……。
本人の口からも、ちゃんと聞いておきたかったのだ。
私は答えを待つ。
とりあえず、背中は綺麗にしてあげた。
まあ、うん。
もともとピカピカだったけど。
しばらくして、振り向いたファーが口を開いた。
「マスター、誤解です」
「あはは。気にしなくてもいいよー。私もね、にくきゅうにゃ~んを挨拶にしたのは遊びすぎたと反省しているから」
「とんでもありません。私にとってはニクキュウニャーンこそ、マスターから最初に戴いた大切な宝です」
「ホントに?」
「はい」
「んー。それなら、ずっと挨拶はそれでよかったのかぁ。戻そうか?」
「え」
「え」
ふむ。
ファーには私の会話経験が入っているのかな。
まるで聖女のユイさんと話しているかのように、え、え、で会話が止まったよ!
この後ちゃんと、訂正してあげました。
挨拶は普通でいいよー。
冗談だよー。
にくきゅうにゃ~んは、芸として使ってねー。
と。
「……マスターは人がお悪いです」
ちょっと拗ねられてしまった。
顔を前に戻して、ファーがうなだれてしまう。
「あははー。ごめんねー」
「いえ、申し訳ありません。私もつい、甘えた発言をしてしまいました」
「甘えてもいいんだよー」
「そういうわけにはいきません。私はメイドですから」
「もー。ファーったらー」
うしろから優しく抱きしめてあげた。
「クウさま?」
びくんと驚かれたけど。
「私は製作主なんだから、お母さんみたいなものでしょー。いいのよー。2人の時はお母さんって呼んでもー」
「それについては、ハッキリとご遠慮させていただきます」
「そかー」
「……でも、ありがとうございます」
「ん?」
「マスターの温もりは心地よいです」
「感じられるんだね」
「はい。しっかりと」
ホント、進化したんだねえ。
人間っぽく。
というか、もはや人間なのだろうか。
いや、でも、魔力が動力なのはそのままだからやっぱりゴーレムなのか。
よくわからないね。
アイテム欄に入れてみれば、わかると思うけど……。
さすがに今のファーをアイテム扱いして収納するのは憚られた。
「……マスター。私からもひとつ、質問をいいでしょうか?」
「うん。なぁに?」
「先程の食事の時、何度も酷く動揺しておられましたが――。私の料理に、何か不備がありましたでしょうか」
「え。あ。それはね、えっとぉ……」
「今後のためにも、ぜひ教えてください」
「あははー」
私がファーから離れて笑うと――。
ファーが再び振り向いて、じっと見つめてきた。
私は目を逸した。
どどど、どうしようかぁぁぁぁぁぁぁ!
食通ぶって自滅していました。
桑の実のせいなの!
なんて!
恥ずかしくて言えないよ、私!?




