12 とんがり山を目指す
私は、緑の丘の麓に続いた街道を歩く。
目指すのは、地面からだとまだ見えないけど、彼方の山脈にそびえる一番高い山。
とんがり山だ。
私が名付けた。
空は晴れていて、風は柔らかくて心地よい。
とんがった~♪
とんとんとんとんとんとん~♪
とんがって~る♪
とんがって~るね~♪
歌っていると、うしろから荷馬車が近づいてきた。
私が道を譲ると、横に並んだ御者のおじさんが笑いかけてくる。
「お嬢ちゃん楽しそうだな、帝都から出て散歩かい?」
「ううん、旅です」
「お嬢ちゃんが1人で? 荷物も持たずに?」
「近くの町に行くだけなので」
ちょっと嘘をついた。
「ネミエの町かい?」
「名前は知らないけど、この先です」
「ならネミエだな。俺も帰るところだし、乗って行くか? 近くの町と言ったって子供が1人で歩くには遠すぎるぞ」
私は幸運なのかも知れない。
今のところ、出会う人たちがみんな優しい。
せっかくなので乗せてもらった。
おじさんの荷馬車は、屋根のついていないタイプで、干し草の中にたくさんの陶器が入っていた。
帝都で買って、ネミエの町で売るのだそうだ。
私は荷馬車のうしろに腰掛けて、今までとは反対の景色を眺める。
巨大な帝都が、とても小さく見える。
けっこう離れた。
空を見ると、大きな鳥が優雅に飛んでいた。
あー、気持ちいい。
暖かい空気に包まれて眠くなってくる。
「お嬢ちゃんはエルフなのかい? 見かけない髪の色だな」
「ちがうけど、前にも言われた。珍しいんですか?」
「そりゃ珍しいさ。青空みたいな髪をした人間なんて、俺は生まれてから見たことがないぞ」
「そかー」
「エルフだと幼く見えても大人のこともあるし、子供扱いしたなら申し訳ないと思ってな」
「気にしてないからいいよー。ちなみに22歳です」
心はね。
「ほう。そりゃすまんかった」
「いいよー。でもエルフなら、変わった髪の色をしているんですか?」
「俺が見たことのあるエルフは、若葉のように煌めいた緑色の髪をしていたぞ」
「そかー。ちなみに、ドワーフとかもいるんですか?」
「おう。うちの町で鍛冶屋をやっているぞ」
おお、お約束だ。
「あと、ちょっと質問なんですけど……。街道って、盗賊が出たり猛獣が出たりすることはあるんですか?」
「このあたりではないな。平和なもんさ」
「ここからずっと先の、山脈のほうは?」
前に向き直って、とんがり山のある方向を指差す。
「ザニデア山脈かい? あそこには大きなダンジョンがあるし、麓までならそれなりに人の行き来はあるだろうが……。このあたりほど平和ではないし、行くなら護衛が欲しいところだな」
「山の奥は? 1番に高い、とんがった山のある辺り」
「とんがった山というと……。聖なる山ティル・デナのことか?」
「たぶん、それかなー」
よくわからないけど。
「それは無理だ。そんな奥の方は完全に魔物の領域だ。入って生きて出られた者はいないって話だぞ。竜もいるって噂だしな」
「おお、竜! いるんだー」
「噂だぞ、噂。聖なる山を守っているんだとさ」
「見てみたいなー」
リアルの竜。
どんな感じなんだろうか。
ゲームでは、古代魔法の熟練度上げで古代竜をよく倒していた。
懐かしいなぁ。
古代竜は、私が通っていたバトルエリアだと最初は寝ているから、古代魔法を先制で確実に当てることができたのだ。
また古代竜くん、ぶっ飛ばしてみたいねえ。
あれは気持ちよかった。
「あ、そうだ。私、クウと言います」
「俺はオダンだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
「クウちゃん、丁寧な言葉は金持ちの子供しか使わない。狙われるから外では使わないほうがいいぞ」
「……そうなんだ。わかった」
これからは気をつけよう。
「あとはローブがほしいところだな。その高そうな服では、口を閉じていても獲物に見えてしまう」
「オダンさん、もしかして人さらい? 私、獲物にされた……?」
「笑えない冗談はやめてくれ」
「あはは。ごめんね」
さすがにそれはないか。
「クウちゃんが俺の娘と同じくらいの歳に見えたから心配になっただけだ」
「娘さん、いるんだー。どんな子?」
「いい子だぞー。元気で明るくてみんなに優しくできる子だった」
自慢話になるはずなのに、オダンさんの声はとても暗い。
「何かあったの?」
「最近は寝込んでいてな。そばにいてやりたいが薬も高いから働かないわけにもいかない」
「そかぁー……」
「クウちゃんは、精霊様の祝福は受けたのかい?」
「うん」
受けたと言えば、受けた。
はず。
「やっぱり健康になったかい?」
「そだね」
「そうか。娘を連れてきていれば……。まあ、俺も祝福には間に合わなかったから同じか。帝都の連中が羨ましいよ。誰も彼も健康になって大喜びして浮かれ回っていてなぁ」
オダンさんが深いため息をつく。
「おっと。暗い話はいけないな。心が湿気ってしまう」
みんな大変なんだなぁ。
「ねえ、オダンさん。私も娘さんに会っていい?」
「いいとも。娘もきっと喜ぶ」
名前はエミリーと言うそうだ。
今年で8歳らしい。
「……私、11歳だよ? けっこう年上だからね!?」
「さっきは22って言ってなかったかい?」
「それは心の年齢」
「どっちにしても、お姉さんとして何か話でもしてやってくれ」
「うん。わかった」
これも何かの縁だ。
私はソウルスロットを白魔法・古代魔法・敵感知に変更した。
考えてみれば、街道沿いに採掘ポイントはないだろう。
その後は少し寝た。
子供の体は、けっこう眠くなる。
ネミエの町についたのは夕方だった。
丘の合間の平地に広がる町に壁や柵はなく、検問所もなかったのでスムーズに入ることができた。
男爵が治めるという小規模な町だ。
夕暮れの赤い光を受けながら、オダンさんの家に向かう。
やがて到着。
郊外の小さな家だった。
ん?
何だか妙に人が集まっている。
おばさんの一人がこちらに走ってきた。
「オダン、早く行っておやり! エミリーちゃんの容態が急変して! 薬を飲ませても良くならないんだよ!」
「なんだって!」
荷馬車を放り出してオダンさんが走った。
私も後につづく。
近所の人たちが集まって、窓の外から部屋の様子を見ていた。
泣いている子供もいる。
中に入ると、ベッドの上で苦しむ女の子と、女の子の手を握っているお母さんの姿があった。
「エミリー!」
オダンさんがベッドに駆け寄る。
「エミリーの様子は!?」
「薬は飲ませたけど、良くならなくて……」
「そんなっ! エミリー! しっかりしろエミリー!」
私は近づくと、魔法をかけてあげた。
「キュアデジース」
「キュアポイズン」
「リムーブカース」
「ヒール」
どうだろうか。
ダメなら思いっきり目立つのを覚悟して古代魔法しかないけど。
お。
エミリーちゃんの顔色がみるみる良くなってくる。
魔法が効いたようだ。
やがて、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てる。
「治ったみたいだね」
「……ああ。……顔色が一気によくなって。
よかった……。
こんな幸せそうに。
一体、なにが……」
「そのお姉ちゃんが魔術をかけてくれたんだよっ! ぼく、みた!」
外の男の子が叫ぶ。
すると同調して、外にいた人たちがうなずいた。
「魔術……だったよな?」
「魔術師だ……」
「すごい……初めて見たぞ、俺」
「エルフか?」
「エルフだ」
「エルフの魔術師が助けてくれたぞ!」
外の人たちがざわつく。
「違うよ、私は精霊」
つい、反射的に訂正してしまった。
「精霊だってよ?」
「まさか」
「せいれいさんだーっ!」
「せいれいさんがエミリーをたすけたーっ!」
「なんでもいいじゃない、助けてくれたんだから。エミリーを助けてくれてありがとうね、精霊さん」
外にいたおばさんに涙ぐんで言われた。
外にいた子供たちも喜んでいる。
みんな仲良しなんだねえ。
室内でも、お母さんがエミリーちゃんに抱きついて泣いている。
「……クウちゃん、魔術師だったんだな」
「まあね」
「なんと礼を言えばいいか」
「いいよー。先に親切にしてくれたのはそっちだしー」
「ありがとう。とにかくありがとう」
オダンさんと話していると、エミリーちゃんが目を覚ました。
「お母さん、苦しい。お腹すいた。お芋食べたい。……どうしたの、お母さん? なんで泣いてるの?」
「ううん。なんでもないの。すぐに蒸してあげるわね。――あ」
ここでお母さんが私の存在に気づいて――。
「魔術師様、この度は本当にありがとうございました! 家を売ってでもお代は支払いますので!」
私に、深々と頭を下げてくる。
「お願いだから売らないでねっ!? それより何か作ってあげてよ。お腹を空かせてるみたいだよ」
「お姉ちゃん、だれ? 髪、すっごい綺麗だね。お父さんのお客さん?」
エミリーちゃんが、まじまじと私を見つめる。
「そだよー。名前はクウ。よろしくね、エミリーちゃん」
「うん。よろしくね、クウちゃん!」
「こらエミリー。まずはお礼を言いなさい。おまえを病気から助けてくれたのはクウちゃんなんだぞ?」
「そうなの?」
「んー。まあ、そうかな」
あまり目立ちたくないので、あまり認めたくもない。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
「ねえ、なら、一緒にお芋を食べよう! おいしいんだよ、お母さんの蒸してくれたお芋!」
「えーと」
「粗末なもので悪いが、よかったら食べていってくれ」
「いいの?」
「ああ、もちろんだ。たいしたものはないが、お礼として、家にあるものも好きに持っていってくれていい」
「いらないってばー」
「オダン、エミリーが元気になったんだ! 今夜は外で食べようぜ! 俺も酒を出してやるからよ!」
外から近所のおじさんが声を上げた。
「そうだな。そうするか」
「みんなで食べるの? やったー! お祭りだねっ!」
エミリーちゃんも大喜びして、そういうことになった。
日は暮れて夜。
空き地に近所の人たちが集まって、
焚き火を焚いて、食べ物を持ち寄って騒ぐ。
私も成り行きで参加。
お酒はもらえなかったけど、焼いたお肉はたくさんもらった。
お肉はタレが染みていて美味しかった。
笑い声が幾重にも広がる、よい宴会だ。
「ねえ、クウちゃん、わたしも魔術を使いたいっ!
どうすれば覚えることができるの?」
キラキラな目でエミリーちゃんに聞かれて、私は困った。
「んー。そうだねえ……。学校に行ってお勉強かな?」
スロットに、魔法を入れて、レベル上げ。
とは言えない。
「学校かぁ」
「学校は嫌い?」
「わたし、知ってるの。うちにはお金がない。世の中は世知辛いんだよ」
うーん。
とはいえ、私はこの世界の魔法体系なんて知らないしなぁ。
この世界的には魔術か。
でもそういえば、クエストであったな。
子供の魔力を覚醒してあげるやつ。
たしか緑魔法の『魔力感知』を使った。
これをイベントの子供に使うと、未覚醒の魔力が見える。
押せば覚醒させてあげることができた。
「じゃあ、視るだけ視てあげようか?」
「なにを?」
「魔力があるかどうか。あるなら覚醒させてあげる」
ちなみにゲームでは、魔力のあること自体が特別だった。
大半の人間にはない。
そういう設定だった。
「ほんとっ!?」
「ほんと」
「やった! おねがいっ!」
「じゃあ、目を閉じて」
緑魔法をスロットにセット。
「魔力感知」
エミリーちゃんを対象に魔法を発動。
すると、光った。
エミリーちゃんの体には、未覚醒の魔力――黄色の光がひとつあった。
ボタンみたいに押す。
すると、黄色の光が全身に広がる。
どうやらゲームと同じようにできるようだ。
これでオーケー。
イベントクリア。
「わたし、光ってる」
エミリーちゃんの体が少しの間、黄色の光に包まれる。
「おめでとう。魔力が生まれたよ」
「ほんとっ!? わたし、魔術師になったの!?」
「なってないよ、ごめんね」
「でも光ってた! 体の中が、ほわんってあったかかった!」
「勉強すれば確実に魔術師にはなれると思うけど……。うーん。ごめんね。勉強の仕方まではわからないんだぁ」
「そっかぁ。でもわたし、才能あるんだよね!?」
「うん」
「クウちゃん、エミリー……。今の光はなんだ?」
「あのね、お父さん、あのねっ!」
エミリーちゃんが喜び溢れる表情で、私とのやりとりを語る。
「……魔術師って、本当なのか? 勉強すればなれるのか?」
「うん」
「すごい話だな、それは」
「教えてくれる学校とかってないの?」
「帝都にはあるが……。お金がな……」
「お金かぁ。厳しいねえ」
「まったくだ」
この後、頼まれて空き地にいた全員に『魔力感知』をかけた。
疲れた。
だけど、エミリーちゃんの他に魔力のある人間はいなかった。
どうやらこちらの世界でも、魔力持ちは特別な存在のようだ。
その後のことだった――。
この世界に来て初めて、敵感知が反応した。
その数は11。
確実にこちらに向かってきていた。
たぶん、相手は人間。
戦いになることを考えたほうがいいのかな……。
ここでは魔法は使いにくい。
みんなを巻き込むといけないし、家を壊すと申し訳ない。
となると、接近戦か。
私はソウルスロットを緑魔法、小剣武技、戦力差確認に変更した。