1195 閑話・従騎士フロイトの近況
私、従騎士フロイトは、年明け早々から任務についていた。
面倒なことに誘拐事件の密告があったのだ。
場所は庶民街の、古びた民家の中。
私は1人、部隊から先行して偵察の任についていた。
待機していると――。
やがて、家の壁をすり抜けて、ふわふわと浮かんで、ドレス姿の幽霊娘が緊張感のない顔で戻ってきた。
「ふーちゃん、わかったよ。女の子発見。悪党どもは、正面に2人、リビングに2人、あと裏口に1人いたよー」
「……5人か。よし、よくやったぞ、ミレイユ」
「みーちゃん」
「……よし、よくやったぞ、みーちゃん」
「わーい。ほめてほめてー」
「どうせ触れないだろうが」
「気持ちだけだよー」
私は仕方なく、幽霊娘の頭の近くで手のひらを動かした。
まあ、それだけで幽霊娘は満足するのだ。
安いものである。
幽霊娘は、名をミレイユ。
忘れもしない去年の夏、赴任先の宿場町でこの私に惚れて、強引に取り憑いて離れず――。
私が、女に手を出そうものなら容赦なく凍気や呪詛をかけてくる――。
おかげで私は、それ以来、まるで遊べていないのだ……。
しかも幽霊なので触ることもできない――。
はっきり言って、厄介この上ない娘である。
今では、私の仕事を手伝い、その圧倒的な隠密性を活かして――。
なにしろミレイユは、自在に姿を消せるのだ――。
しかも魔術を操る――。
私の騎士としての評価を高めるための便利な道具とはなっているが……。
まあ、それ故――。
仕方なく、そばに置いてやってはいるが……。
確認をおえ、私は部隊に戻った。
私は隊長に、被害者と犯人の居場所を報告した。
私の報告もあって――。
事件は即座に解決した。
騎士と兵士が一斉に飛び込んで、一気に犯人共を捕縛したのだ。
「今回もお手柄だったな、フロイト。おまえのズバ抜けた調査能力のおかげで楽におわらせることができた」
「ハッ! 任務には常に死力を尽くす所存であります!」
私は敬礼で応える。
アホくさ。
とは思うが、隊長に逆らうほど私は愚かではない。
私は去年の春まで、領地で自由に暮らす貴族家の跡取りだった。
あの頃はよかった。
権力のまま、なんでも好きにできた。
だが今――。
私を取り巻く状況は、安泰なものではなかった。
まず、我が家が領地を失くした。
私の失態で圧力を受け、やむを得ずのことだったようだ。
ネミエの町を中心とする我が家の領地は、今では帝室の直轄地となった。
とはいえ、父は中央貴族として迎えられた。
帝都に屋敷も用意された。
多額の金銭も得て、文官の任につき、生活は安定しているようだ。
ただ……。
私は父から、絶対に家は継がせないと言われた……。
我が家は弟が継ぐことになった……。
私は3年、騎士として修行し、その後、家に戻るという話だったのに、その話は反故にされたのだ。
私は自分の力で、身を立てなくてはいけなくなったのだ。
正直、お先は真っ暗で……。
絶望したり怒ったりもしたものだが……。
私には光明があった。
「フロイト、近々、おまえには審問がある。おまえが誠意、今の姿で望めば、間違いなく正騎士として認められる。頑張れよ」
「ハッ!」
そう――。
私には今、正騎士への道が開かれていた。
正騎士となれば、それは貴族。
一代限りとはいえ、私は貴族として身を立てることができるのだ。
部屋に戻ると、早速、ミレイユが祝いの言葉をかけてきた。
「やったね、ふーちゃん! 正騎士だって! 大出世できそうだね!」
「フン。当然だ」
「えへへー。これで私も正騎士の奥様かぁー」
「幽霊風情が何を言っているか」
私はそっぽを向いた。
「もー。ふーちゃんが触れるようになってくれないからでしょー。早く私に触れるようになってよねー。そうすれば私だって、いろいろとすごいことになっちゃうかも知れないよー?」
「具体的には……?」
「ついにニンゲンに戻れちゃったり!」
「ほほお」
「えっちなことも、ついにできちゃうかも知れないよ……?」
「フンッ! その時には、少しは楽しんでやるから安心しろ」
「どうして、そういう言い方しかできないのかなー。もっとこう、愛しているとかあるでしょーいい言葉がー」
「あるかそんなもの! 貴様など、さっさと昇天して消えろ! そうすれば私は自由に遊べるのだ!」
「ひどーい! ひどいひどーい!」
「黙れ! それなら、私を氷漬けにするのをやめろ!」
「絶対にやめないもん! ふーちゃんが他の女に手を出すのは、何があっても断固として阻止させていただきます!」
いっそ神殿に駆け込んで、祓ってもらうか……!
とは何度も思ったが……。
しかし、現実として、こいつがいないのは困る。
私が正騎士となるには、どうしても、こいつの力がいるのだ。
それに正直……。
すでに1年以上、こうして暮らしている。
このやりともにも、すっかり慣れていた。
いつもことだった。
ただ、今日は少し違った。
「……でも、そうだよねえ。ふーちゃんが正騎士になるなら、ちゃんとした奥様も必要になるよねえ。私、ニンゲンになれるのかなぁ。ねえ、もしも私がニンゲンに戻れなかったらどうする?」
「戻るも何も、貴様はとっくに死んでいるのだ。戻っても死体だ。火葬だけはしてやるから安心しろ」
「んー。そっかー。ありがとね……」
「おい。どうした」
いつもと違って妙に弱気な様子だった。
いつもなら怒って氷漬けにしてくるところだが。
「だって幽霊が奥様じゃ、カッコがつかないよね。あと、言われてみれば戻っても死体って有り得そうだし……」
「何を今更!」
私はさらにそっぽを向いて――。
ミレイユの反応を待ったが……。
やはり、いつのようにミレイユが怒ってくることはなかった。
「おい」
私は、ほんの少しだけ心配になって振り向いた。
その時だった。
「あー。いたいたー!」
いきなり壁を抜けて、空色の髪の娘が現れた。
本当に唐突だった。
だが忘れもしない。
その娘こそ、この私にミレイユを押し付けた張本人だ。
「き、ききき、貴様ぁぁぁぁぁ!」
思わず私は叫んだ。
空色の髪の娘は、そんな私にのほほんと言った。
「やっほー。久しぶり、元気してたー?」
いつかやろうと思いつつ3年も放置していた、フロイトと幽霊少女の物語の続き。
ついにやります\(^o^)/
フロイト:13 初めての戦闘、212 フロイト、再び(初対面は13話)
ミレイユ:216 悪霊の女の子
※ミレイユの名前は、ミレイナだったりもしていましたが、ミレイユで統一しました。




