1192 夜明けの広場
夜明け前の中央広場には、老若男女、大勢の帝都民が集まっていた。
空はすでに、それなりに明るい。
街は、真っ暗ではなくて、くすんだ青色の傘の下にあった。
雲はほとんどなくて、いい天気になりそうだ。
中央広場には特設のステージが設置されていて、日の出の後、なにやらイベントも行われるようだ。
ちなみに初日の出は、午前7時。
建物に囲まれた帝都の広場から日の出そのものを見ることはできないけど、鐘が鳴らされるのでわかる。
「ねえ、マリエ。イベントって、毎年、どんなのをやるの?」
「さあ。私は知らないよー」
「知らないんだ? 今まで来たことはないの?」
マリエは、帝都生まれの帝都育ちなのに。
「ねえ、クウちゃん。うちのお父さんとお母さんが、わざわざ自分から、大勢のヒトがいる中に出てくると思う?」
「あ、はい」
「精霊神教主催のイベントらしいですよ」
ヒオリさんが言った。
「へー。そうなんだー」
それならイベントと言っても、真面目なお祈りとかなのかなー。
と私は思ったけど、アンジェが教えてくれた。
「クイズ大会ね。優勝者は、特別に神殿に招待してもらえるんだって。おじいちゃんが準備していたわ」
「そかー」
「なによその、いかにも勝つ気のなさそうな返事は」
「神殿に招待されてもねぇ」
うん。
退屈そうだ。
「ふふーん。それが、そうでもないのよ。なんと招待されるのは、神殿の最上階にある精霊の間なのよ」
「へー」
「またそんな興味なさげにー。精霊の間って、精霊界につながっていて、精霊様と交信できるっていう聖なる場所なのよー。って、ああ、そかー」
「どしたの?」
「あ、うん。ごめん。クウがそれってこと、忘れてたわ」
「あははー」
はい、私が精霊さんです。
「アンジェちゃん、精霊の間って普通に入れるんですか? わたくし、ユイさんから聞いたのですけれど、光の魔力がなければ扉は開かないと……」
セラがたずねた。
「おじいちゃんは儀式の時、精霊の間で祈りを捧げているって言っていたわよ」
「そうなのですね。大聖堂のものとは違うのでしょうか」
「かも知れないわね。大聖堂の精霊の間が本物で、こっちは形だけのものとか。セラかクウが入ればわかるんじゃない?」
「クウちゃん。イベント、優勝しちゃいますか!?」
セラがやる気になるけど……。
「んー。私たちが出しゃばるのもどうだろうねえ。私は入りたければ多分勝手に入れるし、セラもお願いすればいいよね」
「それは、そうですね……。あ、いえ、そかー、ですよね、失礼しました」
「あの、セラ? 無理に言うことじゃないからね?」
いや、ホントに。
「クウ、今の神殿はおじいちゃんが管理しているから、勝手に入って好きにするのはやめてね? おじいちゃんの責任になっちゃうし。行くならセラと公式の形で普通に行ってね、お願いだから」
「あ、うん。はい」
「ふふ。その時は、みんなで行きましょうっ!」
セラが手を合わせて笑った。
「正直、ちょっと興味があるね。その時には僕もお願いするよ」
「私も」
「アンジェも行ったことないんだ?」
スオナはともかく、アンジェも手を上げたのは意外だった。
「ええ。私がオネダリして入れてもらったりしたら、おじいちゃんが公私混同しているって陰口を叩かれるでしょ」
「なるほど」
それは、たしかに。
「セラと一緒なら平気よね」
「はいっ! わたくしにお任せください! くだらないことを言うヒトなんて成敗して差し上げます!」
「セラ、物騒。クウに影響されすぎ」
「あ、そうですね。まさに、そかー、ですね。失礼しました」
セラとアンジェが笑う。
エミリーちゃんやヒオリさんも笑った。
フラウまで、
「で、あるな」
と、同意して笑った。
私って、物騒な子の認識なんだろうか……。
暴力的なことなんて、した覚え、まるでないんだけど……。
ふとマリエと目が合った。
すると目を逸らされた!
私はマリエの肩をつかんだ!
するとマリエは、こちらを向いた!
「ねえ、クウちゃん」
「うん。なぁに?」
「キタイは、駄目だよ?」
「え。ど、どうしてマリエがキタイを……!」
「私にはわかるの」
「わかるんだ……!? キタイを……!?」
「うん。そう」
マリエが静かにうなずく。
私は後ずさった!
戦慄する!
まさかマリエ、やっちゃうというの!?
キタイを……!
できるというの!?
いや……。
マリエなら、マリエには、できるのだろう……。
でも……!
私は冷静になった!
私は真のキタイの子になったのだ。
恐れることは、ない……!
「クウちゃん」
マリエが静かに私の名前を口にする。
ごくり。
私は息を呑んだ。
でも……!
それでも……!
私は負けない!
受け止めてみせるっ!
その時だった!
「来るよ」
水平線に近い東の空を見上げて、マリエが言った。
ついに日の出かな。
まだ太陽そのものは見えていない。
中央広場は、たくさんの建物に囲まれているし。
建物の屋根の向こうに、光の筋の広がりを感じる程度だったけど――。
ゴーン!
ゴーン!
ゴーン!
3度の鐘が鳴り響いた。
それが合図だった。
わーっと、一斉に広場にいたヒトたちが歓声を上げる。
ステージの上に神官が現れて、歓声の中でもよく通る声で言った。
「皆さん、新しい朝が来ました!
希望の朝です!
この喜びを胸に吸い込み、空を見上げましょう!
この風に、この光に!
精霊様への感謝を!」
なんとなーく。
これから朝の体操でもやるかのような言葉だったけど……。
残念ながら体操はしないようだ。
会場が静まって――。
朝日の方向に向かって、みんなで祈りを捧げた。
祈りの後、また騒ぎは戻った。
私たちもあらためて、今年もよろしくね、と言い合った。
「ねえ、マリエ」
「どうしたの、クウちゃん」
「キタイは……どうする?」
「うん。しないよ」
「そかー」
まあ、うん。
今さらか。
だよね。
「ねえ、クウちゃん」
「うん。どうしたの、マリエ?」
「もしかして、キタイ、してほしいの?」
「え。そ、そ、そそそ、そんなことは、ないけど……」
私は思わず、否定してしまった。
「そっか」
マリエはにっこり笑って、ミルのところに行った。
「ミルちゃんもよろしくね」
「もちろんよ、マ――ミスト!」
「ミルちゃんっ! ミストの時代はもうおわったよ!」
「えー。マ、ミスト、カッコいいと思うけど。永遠でよくない?」
「マリエねっ! 私、マリエ! ミストじゃないよっ! そもそも最初にマが出てるよね言いにくそうだよね!?」
ミストかぁ。
なんだか懐かしい言葉だね。
それは、セラとマリエとミルと4人で北へと旅をした時に適当につけた、皇女のお伴たるマリエの異名だ。
幻影のミスト。
蒼穹のスカイ。
本当に適当につけただけだから、私も言い間違えられたよね。
私はそのことを、なんとなく懐かしく思い出すのでした。
あと、思う。
本当は、キタイ、してほしかったなぁ……。
私、いっつもこうだよね……。
ぐすん……。
どうして肝心な時だけ、素直になれないんだろね……。




