1190 今年の最後の時間
夜。
冷たい空気と星空の中――。
私は1人、帝都の空の上にふわふわと浮かんでいた。
長かった今年も。
ついに。
いよいよ。
もうすぐ、おわってしまう。
あと1時間くらいだろう。
今年の最後の時間、私は精霊としてのお勤めを果たしている。
それは、うん。
ふわふわ。
ふわふわ。
精霊は、ふわふわするのが仕事なのだ。
なので、ふわふわしている。
エミリーちゃんは、帝都に戻って、すぐに家に帰した。
エミリーちゃんは神事の後も興奮が冷めやらず、ウサギさんたちともすっかり仲よくなって……。
それこそ朝まで祝賀会をする勢いだったけど……。
まだ9歳だしね。
思いきり残念がられたけど、さすがに連れ帰った。
夜は家族と共に過ごしてもらおう。
フラウとヒオリさんは我が家にいる。
ファーは帰り際、アイテム欄に入れた。
ファーについては……。
実は、大きな変化が起きていた。
ただ、それについては、大晦日の夜に確認するにはせわしない。
明日――。
初詣の後、いろいろと行うつもりだ。
新年一発目の、大きなイベントになることだろう――。
ふわふわ。
ふわふわ。
私は今、夜風と星の瞬きに揺れている。
「……アシス様、本当にありがとうございました。
お陰様で、楽しくやっています。
奉納のふわふわ、どうかお受け取りください」
私は星に伝言をお願いした。
伝わるといいなぁ。
きっと伝わるよね。
眼下の帝都は静かなものたった。
新年カウントダウンイベントとかは行われていない。
帝国では、大晦日は静かに過ごすのが常だ。
騒ぐのは、初日の出の後だ。
私も明日は、みんなで神殿に初詣に行くことになっている。
屋台がたくさん出ているといいな。
来年は本当に楽しみだ。
今年もいろいろなことがあったけど――。
来年もきっと、いろいろなことがあるのだろう。
心配事もあるけど。
「クスカイ、か……」
それはユキハさんから聞いた魔王の名だ。
ナオとも少しだけ話した。
ただ、ナオもまだ、情報はまったく掴めていなかった。
最近、その名が海洋都市で聞かれるようになった――。
というだけだった。
「クスカイねえ……。うーむ」
私は正直、どこかで聞いたことのある名前だと思っていた。
クスカイ。
どこだっただろうか……。
ナオは、クスカイという名前に最大の警戒を持っていた。
それは当然だろう。
当然だろうけど……。
私は逆に、何の脅威もその名には感じない。
自分でも不思議な感覚だった。
クスカイ。
本当に、どこかで聞いたことのある……。
身近にすら感じる名前だった……。
魔王を身近に感じるなんて、妙な感覚ではあるのだけど……。
「まあ、いいか」
私は深く考えるのをやめた。
うん。
私の頭は小鳥さんなのだ。
フル回転させてもたかが知れているのだ。
あと、友達も来たしね。
「やっほー、クウ」
「やっほー、ゼノ」
眼下の帝都から黒い衣装をなびかせて、ゼノがやってきた。
「クウ、1人で空の上で何をやっているの?」
「んー。ふわふわー」
「あー。クウの仕事ねー」
「そだよー」
「それってさ、何か意味があるの?」
「しらなーい」
「そかー」
と、これは私ではありません、ゼノさんです。
「最初の頃は、ふわふわすればお金が増えるかなーなんて思ったりもしたけど、そういうこともなかったしねー」
「どうしてふわふわするとお金が増えるなんて思ったのさ?」
「しらなーい」
もう昔のことだしね。
まあ、うん。
まだほんの2年前のことではあるんだけど。
「そかー」
と、これも私ではありません、ゼノさんです。
「ゼノも一緒にふわふわするー?」
「ボクも?」
「うんー」
「なら、せっかくだし、そうさせてもらおうかな」
「ねえ、ゼノ、クスカイって知ってる?」
「ん? 何それ?」
「魔王の名前なんだってさー」
「へー。クウのことなんじゃないの?」
「どうして私が出てくるのさー」
完全に無関係だよね。
「だって、リトがいつも言ってるよね。クウのことを魔王って」
「リトは来年、一番にシメます」
「ほらー」
「ほらって何さー」
「すぐに暴力で解決しようとするところ。まさにだよね?」
「違いますー。オハナシ合いですー」
まったく失礼な。
この可愛いだけが取り柄の私を、何だと思っているのか。
ともかくこうして――。
ゼノと2人、夜空をふわふわしながら――。
私の今年はおわるのでした。
ついに長かった1年がおわりました。




