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119 メイドさん、参上



 まずは医務室に行った。

 駆けつけたウェイスさんたちに心配される中、頭に強烈な一撃を受けた青年はすでに意識を取り戻していた。

 彼は武闘会に優勝して、堂々と騎士団入りすることを夢見ていたようだ。

 それが普通科のフリオに負けた。

 すっかり自信をなくして、見ていてかわいそうだった。

 ただそばには、事情を知っているウェイスさんがいる。

 きっと折を見て、あの強さがドーピングポーションによるものでしかないことは話してあげるだろう。


 私は少しの間、姿を消したままで様子を見た。


 水魔術師の人が言うには、彼はただの脳震盪とのことだった。

 保護の魔術はキチンと効果を発した。

 外傷はなし。

 内傷の兆候も見られない。

 ただ念の為に、これからさらに詳しく検査をするようだ。

 水魔術師の人は、ただ回復呪文をかけるだけではなくて、医学の知識もそれなりに有している様子だった。

 単にヒールするだけの私とは説得力がちがう。

 これなら安心だろう。


 私は医務室を出た。


 次に向かうのは、フリオのところだ。


 どこに行ったのかな……。


 とりあえず、彼らが去って行った方向に飛んでいってみる。


 すると金切り声が聞こえた。


「どういうことですか! あのような醜態を晒すなんて!」


 休憩室の向こう側からだ。

 ドアごしに聞こえるほどの大きな声だった。


 ドアをすり抜けて、中に入ってみる。


 ディレーナ、ガイドル、フリオの3人がいた。


 秘密会談らしく、メイドさんやお付きの人はいなかった。


「あの笑いだけは有り得ません! アリーシャに失笑された時には、わたくし羞恥のあまり倒れかけましたわ!」


 ディレーナが怒り狂っている。


「申し訳有りません、お嬢様。戦いが始まった瞬間、理性が飛びました」

「それくらい自制なさい!」

「はい……」


 フリオが弱い声でうなずく。


「お嬢様、あのポーションは問題のある品かも知れません。俺も正直、次第に衝動が強まるのを感じたのです。本能のまま叫んで、暴れたいような」


 自分の手のひらを見つめるガイドルの目は、かなり充血している。


「自制なさいっ!

 本当にどうなっているのか……。

 アリーシャも、確実に笑い薬は飲んだ筈ですのに一向に笑い始めませんし――。

 あの商人、わたくしたちを騙したのかしら……。

 だとしたら許せませんわね……」


「ひゃ……。ひゃは……。ひゃははは……」


 うつむいたままのフリオが、体を震わせて笑い始めた。


「ちょっと! フリオ! しっかりなさい! 貴方は笑わなくてよいのです! それでも名門たる――」

「ひゃはははははははははははは」

「ガ、ガイドル! 早くフリオを落ち着けなさい!」


「おい、フリオ。しっかりしろ」


 ガイドルがうしろからフリオの肩に手を置いた。

 その手をつかんで、フリオが無造作にガイドルを壁に投げ飛ばす。

 凄まじい腕力だ。


「グハッ!」


 逆さの状態で背中を壁にぶつけて、ガイドルが息を吐く。

 そのまま床に落ちた。


「ひゃははははははははははははははははは」


「ひぃ……」


 ディレーナが恐怖で後ずさる。


 次の瞬間、伸びたゴムが戻るような勢いでガイドルが跳ね起き、唸り声と共にフリオに飛びかかった。

 ガイドルとフリオが組み合って倒れる。

 机を破壊し、椅子を吹き飛ばし、壮絶な殴り合いが始まった。

 フリオは笑いながら。

 ガイドルは獣のように唸りながら。


 うわぁ……。


 私は姿を消したまま、呆然とそれを見ていた。


 血しぶきが舞う。


 いや、うん。

 助けないといけないんだけどね……。

 あまりに狂気じみていて、咄嗟には動くことができなかった。


「な……。なんですの……これは……」


 恐怖のあまり立っていられなくなったディレーナが、腰から崩れるようにうしろへとよろめいた。


 ぶしゅり。


 何かの潰れた音がする。


 テーブルから床に落ちていた「例のブツ」――紙に包まれた丸い玉を、ディレーナが踏んでしまったようだ。

 それで足を滑らせ、ディレーナは尻餅をついて転んだ。


 玉が潰れて、紙から黒い液体が染み出す。


 それは泥のように広がった。


「え。あ」


 気づいたディレーナが顔を青ざめさせる。

 黒い泥が、まるで生きているかのようにディレーナの脚にまとわりつく。


「……わ、わたくしは餌ではありませんわ」


 餌?

 どういう意味だろう。


「お、おやめなさい……?」


 黒い泥が、どんどん脚に絡んでいく。


 まるで、ではなくて。

 この泥は生きているのかな?


「お願い……。許して……。許してくださいませ……。わ、わたくし……貴方の餌ではありませんことよ……」


「ねえ」


 私は『透化』を解いて、ディレーナの前に立った。


「これって何?」


 彼女を見下ろしてたずねる。


「メ、メイド……?

 女の子……?」


 見開いた目でディレーナが私を見上げる。


「これってなに?」


 助けるのは、ちゃんと話を聞いてからだ。


「こ、これはスライムですの! ただの悪戯用の、なんの力もない、ぷよぷよするだけのスライムのはずですの! なのに熱くて……。わたくしの美しい脚が燃えるように熱くて! 熱い! 熱いですわ!」


 ディレーナが必死に訴える。

 でも、急に態度が変わった。


「早く助けなさい! 何を見ているのです、このメイド風情が!

 不敬罪で投獄しますわよ!

 このわたくしを誰だと思っていますの! わたくしこそが名門中の名門――」


 また、この私を誰だと思っている、か。

 もうヤだね、そういう人。

 帝国の人たちって、基本的には偉い人でも人格者が多いのに。

 何の因果で定期的に私の前に出てくるんだろうか。


「知らないよ」


 私はうんざりと答えた。


 とりあえずディレーナは放っておいて、喧嘩を続ける2人をどうにかしよう。


 私はディレーナに背を向けた。


「お、お待ちなさいっ! このわたくしを見捨てるなど! 貴女、後で自分がどうなるのかわかっているのですか! 絶対に許しませんことよ! メイドとしての仕事など二度とできなくしてやりますわ! それどころか家族も特定して、絶対にこの帝都で住めないようにしてやりますわよ!」


 とりあえず無視。

 自分に緑魔法をかける。


「身体強化」


 ガイドルとフリオをそれぞれに蹴っ飛ばして引き剥がした。

 木剣を手に持つ。

 襲いかかってきた2人の首筋に軽く一撃ずつ。


 それで床に倒れて、2人とも動かなくなった。

 もちろん殺してはいない。

 強引に意識を刈り取っただけだ。


 なんかイラッとしたので思わず物理的にやってしまったけど、全然スッキリしない。


 むなしい。




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― 新着の感想 ―
[良い点] クウちゃんNICEタイミン(´∀`)bグッ! ディレーナ嬢には、あっついお灸が必要だね!٩(๑`н´๑)۶! [気になる点] フリオ君、薬のせいとはいえ、よっぽど鬱憤が溜まっていたんじゃ…
2021/07/28 15:03 退会済み
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