1183 閑話・熊族の戦士は拳を握る
俺は熊族の戦士。
広く知られた名はないが、部族の中では実力を認められた男だ。
俺は今、新生したド・ミ獣王国では初めてとなる、精霊様へと捧げる年末の神事にリーダーとして参加していた。
神事は、互いの神輿を潰し合う荒っぽいものだが――。
だからこそ、熊族として負けるわけにはいかなかった。
何故ならば、俺たち熊族こそが獣王戦士団の中核。
王者の血統たる銀狼族を除けば――。
他のどの部族よりも、獣王国の新生に貢献してきたという自負がある。
とはいえ、神事は最強決定戦ではない。
熊族の将であるダイ・ダ・モン様を始めとして、牙持ちと呼ばれる上級の戦士は参加していない。
その意味では、事前には、まだいくらかの余裕はあった。
だが――。
俺たちは、神事の前に大恥をかかされた。
俺たちの腰ほどの背丈しかない亜人の娘に蹴飛ばされるばかりか、威圧されてすくんでしまったのだ。
しかも、その娘はウサギ族の格好をしていた。
それは近くで見れば、即座にコスプレだとわかる程度のものだったが――。
その娘には角があり、確実に他種族だったが、距離が空いていれば特徴的な長い耳でヒト系のウサギ族に見えたことだろう。
しかも銀狼族の方が、何故か、その角持ちの娘たちをウサギ族だと断言して、大きな声でそのことを皆に伝えた。
俺たちは、ウサギ族にこけにされた――。
多くの種族にそう思われてしまったのだ。
ただ幸いにも、俺たちと同格の虎族は近くでその様子を見ていた。
虎族にも角持ちの娘の威圧は届いていた。
なので連中が俺たちをバカにしてくることはなかった。
むしろ、強者たる我々がウサギ族ごときにビビらされたとされたことに、俺たちと同等の怒りを覚えていた。
コスプレウサギ共は、騒動の後、ウサギ族の神輿に合流した。
コスプレウサギ共はウサギ族の助っ人だったのだ。
ウサギ族は、ぶつかり神事を棄権せず――。
金かコネで呼び寄せた偽の同族に頼って、あわよくば勝利し、地位を高めようとしているのだ。
その卑怯な振る舞いは、許せることではなかった。
だが、何故か、銀狼族の方はそれを許容していた。
彼女らを客人と呼んだ。
あるいは、複雑な事情があるのかも知れない。
実際、神事が始まって、ふと見ればステージの上に角持ちの娘はいた。
やはり、何かはあるのだろう――。
だが!
それとこれとは話が別だ!
汚名は、そそがなければならねぇ!
卑怯が正道に勝ることがあってはならねぇ!
絶対に神事で打ち倒す必要があった。
とはいえ、開始直後から一直線にウサギに突っ込むことはしない。
二度の負けは許されない。
侮る気はない。
ウサギ族は雑魚の中の雑魚だが、コスプレウサギ共は強敵だ。
たとえ見た目が少女でも、それは確かだ。
まずは焦らず、コスプレウサギ共がどれだけの強さを持っているのか、それを見極める必要があった。
猪突猛進だけが強さでないことを、トリスティンとの戦いの中で、すでに俺たちは理解している。
ウサギ族のことは、虎族の連中も狙っていたが――。
虎族も初動は慎重だった。
かくして神事は――。
激しくも冷静に始まり、進んでいった。
そして、神事の中盤――。
会場全体から「期待」コールが地響きのように鳴り響く中――。
神輿の数も減ってきたところで――。
ついに俺たちはウサギ族と遭遇した。
まだ距離はあったが、向こうもこちらに気づいたのはわかる。
お互いに正面だった。
ウサギ族の戦いは、機動力を活かしたクレバーなものだった。
非常に上手く立ち回って、常に正面から敵と激突して、側面や後方には一切の攻撃を向かわせない。
正面にいるのは、コスプレウサギの2人。
どちらも少女だ。
片方など、10歳以下に見える。
だが、溢れるほどの魔力を滾らせて自分より遥かに大きな参加者を次から次へとなぎ倒していた。
その戦いぶりは、勇猛で堂々として、小娘ながら見事なものだった。
俺たちを見ても怖気づく様子もない。
「あいつら――。この俺らにまで、正面から来るつもりかよ」
「だろうな」
仲間の声に、神輿の屋根に立つ俺はうなずいた。
「舐めやがって!」
「へっ! いいじゃねーか! ぶっ潰してやろうぜ!」
さすがは俺の仲間たち。
いったん離れて側面に回り込もう、なんて意見はいなかった。
俺は叫んだ。
「いくぞ、テメェら! 作戦、漢玉! 実行だ!」
「おおおう!」
俺たちはすぐさま動いた。
今までの、前4、右2、左2、後2というバランス隊列から――。
前8、後2――。
全体重を乗せて、正面から相手にのしかかって、そのまま押し潰すことだけを目指した隊列に変更する。
この隊列にはリスクも大きい。
担ぎのバランスを前に偏重させれば、当然、神輿のバランスは悪化する。
万が一、ウサギ族が機動力を活かして正面激突を避け、俺たちを翻弄して側面攻撃を敢行した場合には――。
俺たちは、あっさりと転倒させられる可能性がある。
だが俺は――。
魔力を漲らせる少女の気迫を見て、それはないと確信した。
この先は、すべてを賭けた漢と漢の正面激突だ!
相手は小娘だが……。
俺たちは、猪突猛進だけが戦いではないことを理解しているが――。
しかし、時には、やらねばならない。
そのことも強く理解していた。
神輿の屋根に立つ俺には、転落のプレッシャーもあった。
バランスの悪化した神輿で正面から激突すれば、恐ろしいほどの揺れが屋根にいる俺を襲うだろう。
先導役が屋根から落ちれば失格だ。
俺は揺れに耐えて――。
みっともない姿を晒すことなく――。
颯爽と、力強く、屋根の上に居続けなければならないのだ。
ただ、これについては、相手も条件は同じだ。
相手の先導役は、メイド姿の少女。
種族不明の謎の相手だが――。
立つことなく、神輿を椅子代わりに普通に座ってやがるが――。
少女は少女。
年下の小娘に、この俺が負けるわけにはいかねえ!
俺たちは互いに距離を詰めた。
横槍を入れてくる無粋な部族はいない。
皆、俺たちの一騎打ちのために、場所を空けてくれた。
「おい! コスプレウサギども! 聞こえてるか! 公園での借り、キッチリと返させてもらうぜ!」
期待コールの大歓声の中、俺は叫んだ。
「わたしは――! 負けない――!」
魔力を漲らせる小娘が、裂帛の気合で返事をよこしてきた。
「「いくぞおおおおおお!」」
俺たちは同時に叫び、同時に走り始めた。
俺は拳を握って、突き出す!
この一撃には――。
俺の誇り。
俺の意地。
いや、俺たちの誇りと意地がかかっている!
無様はさらせねえ!
負けは許されねえ!
獰猛にぶつかり、そして、潰す!
「届けぇぇぇぇぇぇ!
俺たちの拳ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」




