1182 真・キタイの子!
「――これは、いかんのである。戦いの熱気に煽られて、エミリーが魔力暴走を起こし始めたのである。止めるべきであるか、クウちゃ――。クウちゃん……? どうしたのであるか……?」
「キタイ……。キタイ……。私は、イキタイィィィィィィィ!」
ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
もう我慢できないぃぃぃぃぃ!
私、かしこい精霊さんこと、クウちゃんさん、12歳……。
今、ここに!
すべての理性を投げ捨てて……。
いきます……!
私はついに、席から立ち上がったぁぁぁぁぁ!
もういい。
いいんだ。
私はやりたいんだ……!
だから、やるんだ!
この大キタイコールに合わせて――。
マッスルポーズを!
キ・タ・イ!
キ・タ・イ!
キ・タ・イ!
キ・タ・イ!
歓声に合わせて、私はキメた!
心の底から力を込めて、心の底から楽しんで――。
小さな私の体で、渾身のマッスルポーズをキメた!
マッスル! マッスル!
ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
今、私の心と体は、真の意味で翼を広けて、解放されたぁぁぁぁ!
「クウちゃん! どうしたのであるか! クウちゃん!」
フラウの声が聞こえるけど、私は気にしない。
私はもう解放されたのだ。
私はもう自由なのだ。
好きなことを好きなようにするのだ。
と、この時、私は、心の底からそう思ったのだけど……。
ナオが振り向いた。
ナオの、冷たい眼差しが私のところに届いた。
ひゅううう……。
って、寒波の吹く音が聞こえた……。
私は冷静になった。
「こほん」
私は息をついて、とてもとても冷静な態度でナオの横に並んだ。
そう。
今の私は、とてとてなのだ。
ナオは椅子から立って、キタイしつつ広場を見ていた。
私も広場を見る。
「戦況はどう?」
私はナオにたずねた。
「今、面白いところ。――見て」
ナオがキタイの声と手を止めて教えてくれる。
ナオの視線と指が示す先には――。
お。
エミリーちゃんたちと熊族たちが正面から対峙している!
普通なら、次の瞬間にはエミリーちゃんたちが押しつぶされても可笑しくないほどの圧倒的質量差だ!
でも――。
熊族たちは動かない!
慎重に攻撃のタイミングを窺っている!
その理由かわかる。
エミリーちゃんだ。
今のエミリーちゃんは、ハッキリ目視できるほどの魔力を体にまとわせて、限界を突破したような力を発揮している。
お店で野菜をたくさん買って、食べたヒトのようだ!
すなわち!
スーパー野菜人!
「クウの弟子が暴走している。危険」
「危険なんだ……?」
「下手をすれば、風船みたいに破裂して、魔力を周囲に撒き散らす。周囲は大被害で本人は一時的に魔力を喪失する」
「喪失すると、どうなるの?」
「最悪、そのまま属性を失う。魔術師ではなくなる」
「それって危険だよね!?」
「大丈夫ではある」
「どっち!?」
「今回は、私にフラウ、なによりクウがいる。下手も万が一もない」
「でも、危険なんだよね……?」
「止めるなら止めはしない」
「とめとめ?」
「カメカメ」
ナオが言う。
「くう……」
カメはともかく、私は迷って動けなかった。
だって、真剣勝負の最中だ。
エミリーちゃんは、最後の大勝負に出ようとしているのだろう――。
「クウ」
ナオが私の名前を呼んだ。
「ん?」
「クウちゃんだけに、している場合ではない」
「してないからね!?」
純粋に判断に迷って、口から息がこぼれただけですから!
クウちゃんだけに、くうですから!
クウちゃんだけに!
くうっ!
って、
「ああああああああ! しちゃったよおおお! 心の中でとはいえ、クウちゃんだけにしちゃったよー!」
「そかー」
と、これは私ではありませんナオさんです。
「クウちゃん、止めた方がいいのであれば、妾が行くのである」
フラウも前に出てきた。
「いや、待って」
私はここでようやく冷静に魔力分析した。
エミリーちゃんの魔力は、確かに溢れるほどに膨張しているけど、際どくながらも循環している。
制御を失ったわけではない。
「――まだ、大丈夫」
うん。
エミリーちゃんを信じよう。
「エミリーちゃーん! 頑張れー! やっちまえー!」
私は応援した!
「……クウちゃん、いいのであるか?」
「信じよう!」
「わかったのである! 妾も応援するのである!」
「それなら2人とも、キタイを」
「キタイであるか! わかったのである!」
キ・タ・イ!
キ・タ・イ!
あああああああああ!
フラウまでキタイを始めたぁぁぁぁぁ!
「さあ、クウも」
「わ、私も……?」
まさか、そんな。
いつも踊らされる側だった私が……。
マッスルしかできない私が……。
する側になんて……。
なっちゃってもいいの……?
なれるの……?
「キ・タ・イ。キ・タ・イ」
ナオが優しく、手拍子で私を導いてくれる。
私はおそるおそる……。
「キ・タ・イ……。キ・タ・イ……」
波打ち際に、足を浸して……。
やがて、泳ぎ出した!
キタイという大海に!
キ・タ・イ!
キ・タ・イ!
届けぇぇぇぇぇぇ!
私のキタイぃぃぃ!
この日――。
この時――。
私は、ついになったのだった――。
真のキタイの子に。




