1171 閑話・ウサギ族の少女マヤヤの憂鬱
正直、今日のお祭りは憂鬱でした。
私はできれば、行きたくなかったです。
だって、私たちウサギ族が他の種族に混じれば、見下されるのはわかりきっていましたから。
獣王国では何よりも強さが地位を作ります。
強ければ偉くて、弱ければ偉くないのです。
私たちは体も大きくなければ、腕力もなく、敏捷性にはそこそこの自信がありますが虎族や猫族には敵いません。
つまりウサギ族は、ちっとも偉くなくて、獣王国の中では、下から数えた方が早いくらいの地位です。
ううん。
もしかしたら一番下かも知れません。
でも、だからこそ……。
今日のお祭りに参加しなくてはいけないのはわかります。
だって、トリスティンでの奴隷生活から解放されたものの、行く当ても生きる術もなかった私たちが……。
今、新しい都で平和な生活を送れているのは……。
ひとえに、このお祭りを企画されたナオ様が、私たちウサギ族を都に受け入れてくれたからに他なりません。
熊族や虎族といった都でも幅を利かせる屈強な部族から嘲笑を受けることも多い私たちにとって、ナオ様の加護は命綱です。
ナオ様がいるからこそ、私たちは平和に暮らせているのです。
その感謝も込めて――。
お神輿は、精一杯、細工を施して作りました。
ただ、小さいです。
私たちでは、持てる重さに限界があります。
熊族や虎族のように、馬車よりも大きなお神輿なんて、とても担ぎ上げて歩くことはできません。
だからこそ、細工では負けないつもりで頑張ったのですが……。
誰もそんな細かいところは見てくれませんでした。
私たちのお神輿はバカにされました。
実際、公園には各種族のたくさんのお神輿が置かれていますが、私たちのお神輿が一番に小さいです。
私たちと同じくらい小柄な狸族やネズミ族のヒトたちは、竹で組んだハリボテのお神輿を持ってきていました。
そんなの見せかけだけだよね!?
中スカスカだよね!?
とは思ったのですけど……。
見せかけだけでも、大きい方がよかったみたいです。
私たちは頑張って、ちゃんとしたお神輿を、どこよりも繊細に、細工を凝らして作り上げたのに……。
騒ぎが起きたのは、私がそんな憂鬱な気持ちでいる時でした。
本当にびっくりしました。
だって、大きな熊族の男のヒトが、軽々と宙に蹴り上げられたのです。
どすん!
と、落ちる時、大きな音が響きました。
いったい、何が起きたのかと思って、騒ぎの方に行ってみると……。
ウサギのヒトたちが、熊族のヒトたちと対峙していました。
ウサギのヒトたち……。
はい……。
そのヒトたちは、確かに、私たちと同じ、ウサギ族の耳と、ウサギ族のまんまるとした尻尾を持っていました……。
ただ、系統は違うようです。
そのヒトたちは、ヒト族に近い外見をしていましたから。
ウサギ族といっても様々です。
私たちのように、ウサギに近い者もいれば、ヒト族に近い者もいます。
私のように白毛の者もいれば、黒や茶色の者もいます。
なので、そのヒトたちは……。
私も最初、遠間に見ているだけの内は、ウサギ族なのだと思いました。
なんにしても、それは衝撃的な光景でした。
だって、ヒト族に近いウサギ族とはいっても、私たちと変わらない背丈の小さな女の子が――。
熊族の大きな男のヒトを、何故か圧倒しているんです。
あり得ません。
私たちなんて、熊族のヒトを敵に回したら、それこそ瞬殺されます。
ただの哀れな獲物です。
だけど、それは目の前の出来事でした。
よそのヒトとはいえ、そんな強いウサギ族がいただなんて……。
私は感動してしまいました。
あ。
そのヒトが、こっちに来ます!
なんということでしょう!
私は緊張のあまりどもりまくってしまいましたが、同時にそのヒトたちはウサギ族ではありませんでした!
近くでなら、ハッキリとわかります!
だって匂いが違います!
ウサギ族の特徴である赤い目をしていません!
そもそも耳はヘアバンドです!
尻尾は、どう見ても服についているだけじゃないですかー!
完全にコスプレです!
で、でも……。
このヒトたちは正式な客人……。
なにしろ、銀狼族の方が身元を保証していました。
否定はできません……。
そんなことをすれば、この獣王国で最高の権威を持つ銀狼族の方に睨まれてしまうかも知れません……。
私は言われるまま、クウちゃんという女の子とそのお仲間たちを、私たちのところに連れていきました。
そして、怯えて様子を窺うウサギ族の仲間たちに紹介します。
「み、みんな……。こちらはクウちゃんと、そのご一行です。よそから遊びに来てくれた……。ウ、ウ、ウサギ族のヒトたちです」
「よろしくお願いしまーす! 私はクウと言います。私のことは、クウちゃんと気軽にお呼びくださーい! あ、ウサー!」
「フラウであるウサ。見ての通りのウサギなのであるウサ。同族故、今日は特別に馴れ馴れしくすることを許すのであるウサ」
「ヒオリですウサ。ハイエルフではありませんので、ご安心くださいウサ」
「えっと、あのウサ……。エミリーと言いますウサ。私も見ての通り、ウサギ族でヒト族ではないのでよろしくお願いしますウサっ!」
「ニクキュウニャーンウサ」
最後に、ヒトとも魔物ともつかない謎のメイドの子が、くるりと回って可愛い猫のポーズを取りました。
ウサギなのに猫。
謎です。
あまりにもすべてが謎です。
意味がわかりません。
私と仲間たちは、しばし呆然とした後……。
ハッと我に返って……。
必死の拍手で、同族を自称する女の子たちを歓迎しました。




