1168 ウサギになる
ダンジョン『試練の洞窟』に転移。
すぐさま黒魔法『離脱』でダンジョンの外に出る。
するとそこは――。
「とうちゃくー! 新獣王国ー!」
なのですー!
「谷底だねー」
エミリーちゃんが素直な感想を口にした。
うん。
ですね。
試練の洞窟があるのは谷底でした。
試練の洞窟は、旧獣王国時代において、獣人戦士が1人前と認められるための試練の場所だった。
トリスティンに占領されてからは、ただの魔石鉱山にされていたけど――。
新獣王国では、再び試練の場となる予定だ。
ただ今は、まだ手つかずの様子だ。
谷底の廃墟はそのままで、あたりに人影はない。
「ここからは飛んでいこうか。空からなら、すぐに都が見えるよ」
「店長、その前に少し見てください」
「どうしたの、ヒオリさん」
「――フライ」
おお、ヒオリさんが飛行の魔術を使った。
ふわりと浮き上がる。
空をくるりと回って、戻ってきた。
「どうでしょうか? 魔力的に安定していましたでしょうか?」
「うん。いいと思うけど……。ヒオリさんも使えたんだね」
風の魔力を持っていることは、もちろん知っていたけど。
ヒオリさんが飛行の魔術を使うのは初めて見た。
「実は密かに練習しておりまして。フェアリーズリングの力さえ借りれば、それなりには飛べるようになりました」
「練習って、帝都で?」
「いやぁ、お恥ずかしい」
ヒオリさんが頭を掻いてごまかす。
帝都での飛行訓練は禁止されているのだ。
「まあ、いいけど。規則とか気にしてたら、みんな違反だしね」
セラとアンジェも練習していたし。
「クウちゃん、妾とエミリーは、ちゃんと竜の里で訓練をしたのである。みんなではないのである」
「あー。そっかー。だよねー」
2人はまともだったね。
「ええ。エミリー殿は、本当に立派ですね」
何故かヒオリさんが、まるで先生のような顔でドヤった。
まあ、先生なのか。
「わたしも早くハトちゃんを飛べるようにして、乗ってみたいなー」
ハトちゃんは、エミリーちゃんのゴーレムの名前。
最初からこだわっている鳥タイプだ。
「ところで、クウちゃん」
「どしたの、エミリーちゃん」
「わたしたち、これから獣人の人たちの都に行くんだよね?」
「うん。そだよー」
「このままでいいのかな?」
「ん?」
なんのことだろか。
「わたし、ヒト族だけど……。睨まれたりしないかな? クウちゃんとヒオリさんは大丈夫なの?」
「んー。言われてみれば、そうだねー」
「あと、ファーもいるし」
気にしていなかったけど、確かに。
新獣王都って、エルフやヒト族、少女タイプのメイドロボが普通に歩いても平気なんだろうか。
「身を隠していきましょうか。いつものようにローブを羽織って」
ヒオリさんが言った。
「んー。そだねー」
私は腕組みして、しばし考える。
まあ、うん。
普通に考えれば、それでいい。
しかし、今日はお祭り。
お祭りなのだ。
すなわち、遊び心があってもよいのではなかろうか。
「そうだ! いいことを思いついた!」
「さすがはクウちゃんなのである。その叡智は万里を超えるのであるな」
すぐさまフラウが褒めてくれた。ありがとう。
「店長、あまり目立ちすぎるのは……。他の国の迷惑になるような振る舞いは、しない方がよいと思うのですが……」
何故かヒオリさんは、とても不安そうな顔をする。
「クウちゃん、どうするの?」
エミリーちゃんに聞かれた。
「ふふー。ちょっと待っててねー」
材料はアイテム欄にいくらでも入っている。
生成するのは簡単だ。
なにしろ、ユーザーインターフェースを開けば、裁縫技能の生成リストに乗っている正規の品だし。
材料を出してってと。
「――生成、ウサ耳ヘアバンド、ウサ尻尾」
すぐに完成。
「じゃじゃーん! 今日はウサギになって都に行ってみようー!」
せっかくのお祭りだしね!
これくらいは、遊んでみてもいいよねっ!
ウサギ族としてなら、現地のヒトとも仲よくできそうだし!
もろちん人数分作りました。
ちなみに、まんまるなウサ尻尾は、服につけるだけでピタリと装着できる簡単お手軽なゲーム仕様だ。
「ほお。これはよく出来ているのである。本物のウサギよりも、本物に見えること疑いなしなのである」
「ねえ、クウちゃん。これを付けるだけで獣人になれるの?」
「とりあえず試してみよー。ダメならダメで、どうにかすればいいよね」
「どうにかって?」
「蹴っ飛ばすとか」
「なるほど。さすがはクウちゃんなのである。完璧にして万全。一片の失敗すら有り得ない対応策なのである」
「それはどうかと思うけど……。うん、わかった。つけてみるね」
エミリーちゃんがウサ耳とウサ尻尾を装着する。
「……どうかな?」
「可愛いっ! 似合ってるよー!」
「えへへ。ありがとう。なんだか、こういうのをつけると、気持ちまで可愛くなる感じがして面白いね」
「わかりました。やるからには、もちろん某もやります」
ヒオリさんが決意するように言った。
「みんなっ! ウサギ族、立派に演じようねっ!」
私がみんなを鼓舞すると――。
「ねえ、クウちゃん。ウサギ族って、どうすれば演じられるの?」
エミリーちゃんが素朴に質問をしてきた。
「そうだねえ……。たとえば、語尾にウサをつけるとか」
安易だけど、わかりやすいよね。
ウサギ族だし。
「わかったのであるウサ」
「ふーん。それでいいんだねーウサ。わたしも頑張るねウサ」
「わかりましたウサ! 某も演じて見せますウサ!」
エミリーちゃんに続いて、私たちもウサ耳とウサ尻尾を装着した。
ファーにも取りつけてあげた。
「ファーもしゃべる時は、語尾にはウサをつけてねウサ」
「ニクキュウニャーンウサ」
「うん。いいねウサ! ばっちりウサ!」
みんな立派に、ウサギ族の獣人っぽくなった。
これで問題はなさそうだ。
さあ、新獣王都に行ってみようー!




