1163 閑話・アンジェリカと風の子5
姫様ドッグを堪能した後、私たちは中央広場を歩いた。
中央広場では、あちこちで壊れた屋台の修復が行われていた。
私、アンジェリカは最初、その光景から逃げて、キオをエメラルドストレートに連れて行くつもりだった。
エメラルドストリートには、色とりどりのお店がある。
楽しんでくれることだろう。
クウの工房にも顔は出しておいた方がいいだろうし。
ただ、アクアと話して、それはやめた。
今後のことを考えて、ちゃんとキオには事実を伝えることにしたのだ。
キオは、何故か不思議なことに――。
というと失礼かも知れないけど――。
自分の嵐が屋台を壊したなんて、微塵も思っていない。
今も遠間から屋台を直している人たちを見て、
「ホント、イルもいい迷惑よね。ニンゲンの人たち、可哀想」
なんて言っている。
「ねえ、キオ。あのね……」
「ええ。どうしたの、アンジェ。なんだか様子が変よ?」
「さっき、実は、台車を引いている人たちがぼやいていたんだけどね。屋台が倒れたのは昨日の嵐のせいなんだって」
私はドキドキしつつも言った。
「ふえ?」
「昨日、キオ、やっちゃったよね……。嵐のことだけど……」
「ふえ」
「今度からは気をつけようね。ニンゲンの人たち、可哀想だし」
「これ、キオのせいなの……?」
キオの目がうるうるし始めた。
マズイ!
泣いちゃうかも!
「あ、うんんっ! 全部ではないとは思うわよ! 少しね、少し!」
私は急いでフォローした。
そこに何故か……。
タイミング悪く、ロックさんが現れた。
「よっ! アンジェリカにスオナ! 久しぶりだな!」
事情を知らないロックさんは、いつものように元気で陽気だ。
私たちを見つけて、喜んで笑顔を向けてきた。
「こんにちは、ロックさん」
私はペコリと頭を下げた。
普段なら私も、ちょっとだけ喜んでしまうところだけど……。
ロックさんのように強くて陽気で優しいヒトは、嫌いではないしね……。
ただ、今は邪魔だった。
なにしろ、キオが泣きそうなところだし。
「僕はそんなに久しぶりでもないけどね。こんにちは」
スオナが肩をすくめつつも、親しげに微笑む。
「わはは! そうだったな! スオナは、うちのガキの指導をありがとな」
「いえ。力になれて嬉しいです」
「アニーたちも頑張ってたろ?」
「はい。強くなっていて、びっくりしました」
「わはは! 俺が指導しているからな!」
アニーというのは、バロット孤児院に暮らす元気な女の子ね。
冒険者を目指して頑張っているらしい。
ロックさんのことが大好きで、将来は101人目のカノジョになることも目指しているらしい。
ちなみにクウは、記念すべき100人目なのだそうだ。
ロックさんに困らされたらそのネタでからかえば確実に勝てると、以前にクウに教えられた。
「ただあいつら、最近、姫様ドッグの仕事に興味を持っててなぁ。こっちに就職するかも知れねぇんだよ」
「その話も聞きました。強くはなりたいけど、仕事は迷っているって」
「そうなったらごめんな。一緒に冒険するって約束していたのに」
「いえ。僕の方が、約束は守れそうにないので……」
スオナは、断絶したエイキス子爵家を復活させて当主となることが内定している。
冒険者になるのは無理だろう。
「あー、そっかぁ。そうだったよなぁ。ごめんな。忘れてたわ。アニーたちも残念がってたよな」
ロックさんとスオナの会話が続く中……。
キオはポカンとしていた。
いきなり騒がれては、泣くどころではないわよね。
逆に落ち着いてくれそうだから、私はしばらく様子を見ることにした。
と、思ったところで……。
ロックさんが屋台に目を向けた。
「しかし、ひでーもんだよな。昨日の嵐で、広場の屋台、だいたいが倒れてこの有様だよ。雪とか嵐とか今年の冬はヤバそうだよなぁ。みんな油断して、出しっぱなしにしてたのも悪いんだけどよ」
広場の屋台は、ずっと出しっぱなしのことが多い。
なにしろ帝都は治安がよい。
嵐が吹くことも、大精霊のイタズラでもなければ、まずないしね。
それはともかく、話題を変えないと!
ニンゲンに非難されては、キオが大変ことになりそうだ。
私はあれこれ思案して――。
カノジョ100人の話でからかってやろうと思ったけど――。
間に合わなかった。
「ごめんなさい」
キオが言った。
「ん? あ、悪いな。初めてのガキもいたよな。俺はロックってモンで――」
ロックさんがキオに自己紹介しようとすると――。
キオがうつむいて叫んだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃぃ! 全部キオが悪いのぉぉぉ! キオのせいなのぉぉぉ!」
キオの体から一瞬の突風が放たれて、空へと昇った。
「うおおお!?」
巻き込まれたロックさんが変な声を上げた。
とはいえ、さすがはSランク冒険者、バランスを崩すこともなかった。
「キオ、落ち着いて! ね!」
私はしゃがんで、キオを抱きしめた。
「いい子だから、平気だよー。ねー」
よしよし、してあげる。
「実はこの子、クウの友達で……。今、こっちに来ているんです」
スオナがロックさんに、ためらいがちながらも説明した。
「あー。なるほど。まーたレアキャラか。まったくあいつは、ヒオリちゃんといいフラウといいゼノといいファーといい、どこから拾ってくるのか」
さすがはロックさんね。
レアキャラ扱いはどうかと思うけど、簡単に納得してくれた。
「すみません」
私は頭を下げた。
「わはは! 気にするな!」
ロックさんが笑って、キオの横にしゃがんだ。
「なあ、ガキ。おまえも、別にそんなに気にしなくていいぞ」
「でも、キオのせいで……」
「安心しろ。誰も損してねぇから」
「嘘よぉ。だって、屋台が壊れているじゃない……」
「実は、ついさっき報せがあってな、今回の雪と嵐の被害は、全額、国が補償してくれるそうなんだわ」
「へえ。そうなんですか。すごいですね」
だって、うん。
自然災害での被害で、全額補償なんて普通はない。
悲しいけれど自己責任が当然だ。
「だよなー。今回だけの特例らしいけど、何があったんだろうなー」
「そうですね」
ロックさんが笑って、私も笑った。
口にはしないけど……。
クウが裏で手を回したのよね、きっと。
「だから気にすんな」
仮にも大精霊の頭を気軽にポンポンと叩いて、ロックさんは立ち上がった。
「わはははは! じゃあな!」
ロックさんは、陽気に笑いながら姫様ドッグ店の方に向かった。
これから仕事なのだろう。
「ねえ、アンジェ。みんな、平気なの……?」
「ええ。そうよー」
「そっか。よかったわ。帝国は、ちゃんとしているのね」
「そうね。だからキオも、今回はもういいわよ。でも、同じことをまたしないように気をつけようね」
「ええ。わかったわ。私も、次からはもっと気をつけて、クウさまのおうちだけを狙うことにするわ」
「そうね。そうしてくれると嬉しいわ」
「そうだね。その方が、みんなも助かって幸せだね」
スオナが笑ってうなずく。
「そうですよねっ! クウさまになら何をやってもいいですよね! だってクウさまは最強で無敵なんだから! 私も今度、ミルお姉さまと2人で、クウさまにイタズラしてみようと思います!」
アクアが笑顔で宣言した。
「そうよね。クウさまだけよね、何をしてもいいのは」
するとキオも、笑ってくれた。
よかった!
めでたしめでたしね!
これで問題なし!
さあ、あとは、楽しく観光をしましょう!




