1162 閑話・アンジェリカと風の子4
1162 閑話・アンジェリカと風の子4
明るい午前のテラス席で――。
私、アンジェリカは、こちらの世界へとやってきたというか連行されてきた風の大精霊の接待を始めた。
といっても、姫様ドッグを「どうぞ」と笑顔でオススメしただけなんだけどね。
キオがおそるおそる、最初の一口を小さく運んだ。
さあ、どうだろう……。
お気に召してくれるといいんだけど……。
ちなみに辛さについては「なし」でお願いした。
児童でも安心して食べられるはずだ。
姫様ドッグは辛さもウリだけど、辛くなくても十分に美味しいしね。
「美味しいっ! これがニンゲンの食べ物なのねっ!」
よかった。
気に入ってくれたようね。
私もいただいた。
うん。
姫様ドッグは、いつでも最高ね!
「ねえ、アンジェ。これって、カラアゲよりも美味しいものなの?」
「私は、こっちの方が好きね」
「この帝都では、1番人気の肉商品だよ」
スオナが付け加えて言った。
「カラアゲよりも?」
「そうだね。なんといっても1番だから」
「ふふ。そっかー。なら私、イルに勝ったってことよね! 帰ったら思いきり自慢してやるわ!」
「え、それはちょっと……」
「どうしたの? アンジェ」
「あ、ううん。あはは」
新たなる嵐の予感を覚えて、思わず口を挟んだけど……。
キョトンとするキオを前に、私は笑ってごまかした。
今は、今の幸せを優先するべきよね!
あとのことは、あとの人たちにお任せすればいいんだし!
「でも、すぐに食べおわっちゃうわね」
キオはペロリと最初の1本を食べてしまった。
「もっと食べたい?」
「いいの?」
「ええ。今日は好きなだけどうぞ」
「なら、もっともっと! たくさん食べたいわ! 10本、ううん、あと30本は余裕でいけるわね!」
姫様ドッグって、けっこうソーセージが大きくて、1本でもそれなりにボリュームがあるんだけど。
どうやらこの子も大食のようだ。
私は30個の姫様ドッグを注文するためにカウンターに向かった。
注文すると驚かれたけど――。
順次、ブリジットさんが持ってきてくれることになった。
キオは、それはもう楽しそうにパクパクと食べた。
キオは躾のできたよい子だった。
夢中になっていても食べ方は丁寧で、服やテーブルにソースを飛び散らかせたりすることはなかった。
うん、いい調子ね。
キオにはこのまま、お腹いっぱいになってもらって――。
楽しい気持ちで、満足して――。
精霊界にお帰りいただこう――。
それでミッションは終了よね。
私は、そう思っていたのだけど……。
「……アンジェリカ。……少しオハナシをいいですか?」
アクアが耳元でささやきかけてきた。
アクアが私と個別に話したがるなんて珍しいことだ。
内容は想像がつかないけど、注文の確認をしてくると理由をつけてテーブルから離れさせてもらった。
私とアクアはお店の隅に移動した。
「それで、どうしたの、アクア?」
「はい。キオジール様のことなんですけど……。やっぱり、正面を向いて話されてはどうでしょうか」
「というと……?」
「昨日の暴風で町が迷惑を受けたことです。キオジール様には、ご理解いただいた方がよいと思うのですが」
「んー。それはそうなんだろうけどねぇ。泣いて騒がれたら、正直、私たちにはどうしようもないわよ?」
以前、水の大精霊イルサーフェ様は、クウが襲ってくると誤解してリヴァイアサンという幻獣をこの世界に呼び出して――。
制御に失敗して――。
あやうく、大惨事となるところだった。
まあ、うん。
「と思ったけど、帝都でなら、クウが止めてくれるか」
自分で言って、私は自分で結論を出した。
そんな異変が起きれば、クウが急行してくるわよね。
「私、キオジール様はわかってくれると思うんです。確かに情緒不安定なところはありますけど、常識的な方のようですし。今もあんなに食べているのに、散らかしていないですよね」
「ミルやゼノさんは酷いものだしね」
私は笑った。
ミルやゼノさん、それにフラウさんやヒオリさんやリトさん。
クウに関わる大食なヒトたちって、みんな、食べ散らかすのよねえ。
普段はしっかりしているのに。
「あ、今のは、ミルお姉さまや偉大なる闇の主さまへのあてつけじゃないですからね違いますからねっ!?」
羽をぱたつかせて、アクアがあわあわする。
「あはは。わかってるわよ。2人には言わないから平気よ」
「お願いしますね!?」
「アクアはホント、成長したねぇ」
ほんの秋までは、しゃべることもできない、感情表現も少ない、水で出来たお人形のような子だったのに。
「……はい。お陰様で、いろいろ考えちゃいます」
「なんにしてもわかったわ。――そうよね。適当にあしらって帰らせるだけなんてよくないわね」
ちょっと怖い気はするけど……。
お腹もいっぱいになれば、心にも余裕はできるだろうし。
姫様ドッグを食べおえたら、中央広場を歩いて、キオに昨夜の嵐の被害を見てもらうことにしよう。




