1160 閑話・アンジェリカと風の子2
中央広場に着いた。
朝の中央広場は、何やら騒がしかった。
いつもと様子が違う。
木片の積まれた荷台を引く2人の男性が前から近づいてきた。
木片は、倒壊した屋台ね……。
のれんも一緒になっているから私は即座に理解してしまった。
通り過ぎ様、男性たちの会話が聞こえる。
「あーあ。ホント、最悪だよなぁ……。雪もやんで平気だろうと思ってたら、今度は嵐だもんなぁ」
「まったくだぜ。これじゃあ、年始に商売ができないぜ」
どうやら中央広場では、昨夜の嵐で大きな被害が出たようだ。
出しっぱなしにしていた屋台が多いのだろう。
幸いにも今の会話をキオは聞いていなかった。
キオは景色と自分のことを語るのに夢中だった。
「広い場所なのねー! ニンゲンもたくさんいるみたいね! ニンゲンたち、ここにこの私キオジール様がいるなんて知ったら、きっと感動しちゃうわね! お祈りとかされたら困っちゃうわね、どうしようかしら! 今からちゃんと答え方を決めておかないといけないわね!」
「ええ。そうね」
私は微笑んでうなずきつつ、必死に考えた。
このまま進むのはマズイ……。
絶対にキオは泣く。
泣くどころか、下手をすればキオのトラウマになりかねない。
思い出す度に発狂する的な……。
ここで、なんとかしないと……。
そうだ!
私は閃いた!
「さあ、まずは姫様ドッグでも食べに行きましょうか!」
手近なお店に入っちゃえばいいわよね!
「それってクウさまのお店よね? イヤよー」
そう言えばそうだったか。
その点を、まだ解消していなかった。
「大丈夫よ。別にクウのお店ってわけではないし、クウが考えたといってもアイデアだけなんだから。ちゃんと完成させたのはここの人たちよ。あと、この店で食べればいいことがあるかもよ」
「どんな?」
「クウに怒られた時、姫様ドッグを食べたけど美味しかったって言えばクウの機嫌がよくなって許してもらえるかも」
私がそう理由をつけると、すかさずスオナが同意してくれた。
うんうん、と、アクアもうなずいた。
この2人は、ホント、空気を読んでくれるわね。
ありがたや。
「私、それ、知ってるかも……。ゴマをスルってヤツよね!」
「うん。そーそー!」
「それはいいかも知れないわね!」
よし!
キオがその気になってくれた!
私はキオの手を取って、急いで姫様ドッグ店に向かった。
ゆっくり歩いてきたので幸いにもお店は開いていた。
まだオープンしたばかりで、外から見えるオープンテラス席にお客さんの姿はほとんどいない。
のんびり楽しめそうだ。
私たちはお店に入った。
「いらっしゃいませ」
すると、ツインテールにふりふりエプロンの美少女さんが、爽やかな営業スマイルで出迎えてくれた。
私は、彼女が誰かをよく知っている。
「おはようございます、ブリジットさん! 今日はお店なんですね!」
「うん。そうだよ。おはよう、アンジェリカ」
そう。
彼女は姫様ドッグ店の店長さんの娘にして、帝国で唯一のSランク冒険者パーティー『赤き翼』の一員、ブリジットさんだ。
「こんにちは、ブリジットさん」
「こんにちは、スオナも。あと、アクアも」
ブリジットさんとスオナ、それにアクアはすでに面識がある。
ブリジットさんは今、ロックさんが育ったバロット孤児院に暮らす水の魔力を持つ女の子の指導をしている。
スオナは以前、その孤児院に保護されていたことがある。
そのご縁で、スオナとアクアもたまにブリジットさんと共にその女の子の指導をしているのだ。
同時に、勉強もさせてもらっているそうだ。
ブリジットさんは、学院では天才と呼ばれるスオナをもってしても、未だ手の届かない実力者らしい。
ロックさんの仲間だけはある。
ロックさんも、たまに学院に来て騎士科の生徒に指導をしているけど、みんな手も足も出ずに悔しがっている。
当然ではあるけど、Sランクは伊達ではないということよね。
そんな帝国を代表する英傑たちが、普通に店員さんをしているのよね……。
この姫様ドッグ店では……。
まさに、クウの関わるお店といったところよね、本当に……。
そんなブリジットさんが、キオに目を向けた。
「この子は、クウちゃんのお友だち……? 風の子……?」
と、ブリジットさんが首をひねる。
さすがというべきか、一目でいろいろと気づいたようだ。
「ふーん。貴女は水の子なのね」
キオが言う。
ちなみにクウは、ロックさんやブリジットさんには、自分が精霊であることは一切伝えていない。
今更、隠すつもりもないようだけど……。
とっくに、いろいろなことを伝えるタイミングもなくて……。
まあいいやと放置しているようだ。
でも2人は、そんなことはとっくに理解していて、その上で友人として接してくれているのよね、きっと。
そんな、クウの信頼する人物であるブリジットさんが――。
なぜかいきなり――。
直立の姿勢を取った。
しかも真顔だ。
「あの……。ブリジットさん、どうかしましたか……?」
私はたずねたけど――。
返事はなかった。
ブリジットさんに対して、私ができることは少ない。
だって相手は、クウが信頼して尊敬して、実力を認める相手なのだ。
帝国でも最高峰の魔術師なのだ。
若き天才なのだ。
失礼なことはできない。
突然の直立にも、必ず何かの深い意図があるに違いないのだ。
たとえ私には……。
意味がわからないとしても……。
私は緊張して、事の成り行きを見守った。




