116 園遊会の後で
園遊会はつつがなくおわった。
私とお姉さまは建物の2階に戻って紅茶で一服する。
「お姉さま、体調はどうですか?」
「今のところは万全ですわ」
「私から見ても問題なしですが、違和感があれば教えてください」
「ええ。頼りにしているわね」
「はい」
お任せあれ。
「……今頃、ディレーナたちは、計画通りにわたくしに笑い茸を飲ませて大喜びしているところかしら」
「こっそりと様子を見てきましょうか?」
気になるところだ。
「残念ですけれど、もうすぐお兄さまがいらっしゃいます。うろちょろしていると、また怒られますわよ」
「そかー」
ちなみにブレンダさんとメイヴィスさんは、ここにはいない。
すでに武闘会の会場に向かった。
次は2人の番だ。
ぜひとも頑張ってほしい。
強化された者同士の激烈な戦いになりそうだけど。
「そういえば武闘会って、どういうルールなんですか? 戦いたい相手と戦えるものなんですか?」
「抽選方式のトーナメントですわね」
「なら、運が悪いと対決は決勝戦ですね」
「あら、逆に幸運でしょう? 最大の衆目の中で勝利するのですから」
「お姉さま、強気だ」
「クウちゃんのおかげですわね」
「あはは。ちなみに参加者ってどれくらいなんですか?」
「今年は50名ですわね」
「けっこう多いんですね」
選ばれし者だけの場というわけではないみたいだ。
「学院祭の武闘会は、生徒なら誰でも参加できますしね。とはいえ、身の程を弁えずに参加して無様を晒せば嘲笑の対象となりますし、将来にも響きます。なのでこれでも絞られているのですよ」
参加者の大半は、騎士学部の上級生――4年生と5年生とのことだった。
「じゃあ、ブレンダさんとメイヴィスさんって例外的なんだ?」
2人はまだ2年生だし。
「そうですわね」
「もしかして参加が原因でもめたんですか?」
「逆ね。侮辱されたから武闘会で白黒をつけることになったの」
「なるほど」
「2人とも、待たせた」
そこにお兄さまがやってきた。
「クウ、早速だがアリーシャの状態はどうだ?」
「うん。平気だよ」
「そうか。ならばよい。手間をかけさせたな」
「どういたしまして」
感謝してもらえると素直に嬉しい。
「お兄様、お座りになられては?」
「そうだな」
お姉さまに促されてお兄さまが席につく。
座ったところでお兄さまがククと笑う。
「退場する時、ディレーナが笑いをこらえきれずにいたぞ。企みが見事に成功して愉快で仕方なかったのだろうな」
「困った子ね。それでお兄さま、今回の件はどう決着をつけるおつもりで?」
「武闘会の後で件の商人の逮捕を伝えるだけでよかろう」
「そうですわね」
「……それだけでおしまいなんですか?」
成敗!
とかはしないのかな。
「今回は、貴様らの企みなどすべて我らの手のひらの上だということを理解させればそれで十分だ」
「あーなるほど、格付け完了のお知らせですね」
「そういうことだ」
弱味を握ったことになるし、どこから情報が漏れているかもわからないし、これでもう手出しできないというわけか。
「ディレーナもクウちゃんには感謝させたいところですわね。クウちゃんがいなければあの子は貴族社会を追放でしたでしょうし」
「麻薬ではな。アロド家の者とはいえ、さすがにどうにもならん」
「ちなみにウェルダンって逮捕されたんですか?」
「ああ。先程連絡が入った」
「そかー」
さらば、ウェルダン……。
彼も知らなかったことだろうし、また社会復帰できるといいね……。
ここで私は敵感知の範囲を広げて――。
気づいた。
「すみません、ブレンダさんたちのところに敵反応が出ました。たぶん対戦相手だと思うけど見てきていいですか?」
「頼む」
「じゃあ、行ってきます。近場ですし、すぐに戻ってきますねー」
お兄さまの許可をもらってから『透化』して『浮遊』。
壁をすり抜けて現場に直行した。
控室になっているホールで、ブレンダさんとメイヴィスさんがディレーナ派の男性貴族2人と対峙していた。
お互いに自らの勝利を確信した上で、罵り合っている。
舌戦はお姉さまたちが優勢のようで、男性貴族たちの顔はすでに怒りと苛立ちでかなり歪んでいた。
4人とも手に剣を持っていて、一触即発だ。
お。
そこにヒオリさんが現れた。
おお!
とても賢者らしい立派なローブを身にまとっている。
背後には3人の魔術師が続いていた。
ヒオリさんはすぐにホールの雰囲気に気づいたようで、睨み合っていた4人のところに静かに近づいた。
「学院武闘会は初代皇帝の時代から始まる名誉ある競いの場。
その名誉に泥を塗る者は、上級貴族といえど、いいえ、上級貴族だからこそ賢者の名において失格の印を押しますが?」
4人は謝罪と共に頭を垂れ、お互いに距離を取った。
「――これより皆さんの体調と使用武器の確認を行います。武器をすべて足元に置き、順番を待つように」
みんな大人しくヒオリさんに従った。
おおおお……。
すごい。
なんか威厳がある!
私より少し年上程度の見た目のはずなのに、本気で賢者に見える!
気のせいではなく顔立ちも凛々しいよね、うん!
なんにしても、もう大丈夫のようだ。
敵感知も消えていた。
私はお兄さまとお姉さまのところに戻って事の次第を報告した。
「さすがは賢者殿だな。上手く収めてくれたか」
「ヒオリさんってすごい人なの?」
「当然だ。帝国魔術の基礎を築いた伝説の人物だぞ」
「ほへー」
まったく想像がつかない。
たしかに、まあ、たまに頭はいいけど。
+400は伊達じゃなかったかー。
「後は相手の策略ごと正面から堂々と斬り捨て、我らに精霊の加護があることを連中に理解させるだけだな。クウ、頼んだぞ」
「任せてっ!」
ふわっと浮かんでピースサインで答える。
いつでもバッチリさ。
「おまえはまた気楽に」
「だって私、強化魔法をかけるだけだしねー。次も出番はなさそうだし」
「園遊会では退屈そうでしたわね」
「正直、もっとトラブルがあるかなーと思っていました」
園遊会では残念ながら、いきなり魔物が現れたり、誰かが発狂したり、そういうことはなかったしね。
もちろん、いいことなんだけど。
「でも次はバトルだし、見ているだけでも楽しめそうですよねっ!」
「はぁ。まったく。遊びではないというのに」
お兄さまがため息をつく。
1対1のPVPは、ゲーム時代によくしていたし、よく見ていた。
大好きなコンテンツのひとつだった。
なので、本気で楽しみだ。
こちらの世界の一騎打ちは、果たして、どんな感じなのか。
「ふふ。お兄様、来年が楽しみだとは思いませんか?」
「何がだ?」
「クウちゃんが武闘会に参加すれば、歴史が変わりますよ? 1年生の、こんなに可愛らしい子が優勝なんて」
「……おまえ、学院に来るのか?」
お兄さまに心底嫌そうな顔をされた。
「安心してください。私は行かないですよ。自分で言うのも何ですけど、試験なんて合格できませんし」
「あら。入試なんてお父様の推薦状があれば問題ないですわ」
「入ってからもテストってありますよね」
「それは当然ですわね」
「私、落第しておわりだと思うので」
同じやりとりをアンジェともした気がするね。
「大丈夫ですわ。入ってしまえばこちらのもの。セラフィーヌがつきっきりで教えてくれますわよ」
「それは迷惑になりますからー」
「ならわたくしが教えて差し上げますわ。これで問題ないですわね」
「いえ、あの……」
勉強したくないんです。
大変だし。
頭が沸騰するし。
まあ、学校生活には興味ありますが……。
なのでキチンと断りきれないでいると、とりあえず陛下に話を通すということでお姉さまがまとめてしまった。
まだ先の話だし、それはそれでいいか。
今は武闘会だよね。




