1158 閑話・アンジェリカの冬の朝
「――でね、キオは言ってやったの。死んで、って。だって酷いよね。風の大精霊であるこの私から、風の子たちを取っちゃうなんて。そうしたらクウさまったら睨んでくるのよ! 本気で殺されるかと思ったわ! クウさまって怖いよね!」
「あはは。そっかぁ……」
私、アンジェリカは今、朝になって起きたばかりなのだけれど……。
朝の身支度もせず、小さな女の子の愚痴を聞いていた。
相手は幼女に見えても大精霊。
無下にもできないし、正直、対応に困る。
とはいえ、顔を洗ったりとか……。
さっぱりしたいのよね……。
「ねえ、キオ。ちょっといいかしら」
「ええ。なぁに? あ、もしかして共同戦線? クウさまをやっつける!? いいわよ! それなら作戦を考えましょう!」
「ううん。そうじゃなくてね。私、ちょっと外に出たいから、」
「外?」
「ええ。そこのドアから」
「探検ね! いいわよ! 楽しみね!」
「キオは待っていてね」
「ふえ?」
キョトンとされた。
「キオはまだここにいてね? 寮の人たちに見つかると怒られちゃうから」
「怒られちゃうの……?」
「ええ」
学院寮での部外者の宿泊は禁止されている。
アクアは普通にいるわけだけど……。
アクアは妖精で、見ただけで特別な存在だとわかるし、キチンと国と学院からの許可は得ている。
キオも手続きを踏めば許可は出るだろうけど……。
見た目的にはエルフの幼女だし、いきなり連れ歩くのは憚られる。
「すぐに、とはいかないけど、顔を洗ったりして、あと、朝食も手早く食べてくるから20分くらい――」
「食べるの?」
さらにキョトンとして聞かれた。
「ええ」
冬休みの間、寮の規則は緩い。
普段のように厳密に時間が決まっているわけではなくて、朝食はビュッフェ形式で自由に取れる。
「キオは?」
「キオはダメなの。ごめんね」
部外者だし。
私が笑顔で答えると――。
「ふえ。ふえーん! なんでアンジェもいじわるするのー! ふえーん! なんでいつもキオだけダメなのよー! いじわるヤだー! ふえーん!」
ああああああああ!
泣き出しちゃったぁぁぁぁぁぁ!
「うわぁ!」
キオから巻き上がる風に、あやうく私は吹き飛ばされかけた!
話している限り、しっかりしている感じだったので……。
油断していたわ……。
クウからは、すぐに泣く子だって聞いていたのにぃぃぃ!
「あーうん! ごめんね! 私もうっかりしていたわ! もちろんキオにも美味しいものはたくさん食べさせてあげるから! 先にちょっとだけパワーをつけておこうと思っただけなのよー!」
「ふえーん! ふえーん!」
「カラアゲがいい? それとも甘いものかなぁ? 帝都には、いーっぱい、美味しいものがあるから、なんでもいいわよ!」
「……なんでも?」
「ええ。キオは何がいい?」
私が必死にあやしていると――。
トントン。
ドアがノックされた。
『アンジェ? 僕だけど、どうかしたのかい?』
「ううん! 何でも!」
ドアを開けて、スオナとアクアを部屋に迎え入れる。
するとキオは済まし顔になった。
「新しいニンゲンね。あと妖精もいるのね。この私に挨拶に来たのかしら。いいわよ特別に――」
「いえ……。騒がしいから様子を見に来ただけなのですが……」
「いったい、何が起きたのですか?」
スオナとアクアが部屋を見回す。
私の部屋は……。
はい……。
キオの風のせいで、酷い有様になっていた。
掃除するのが大変そうね……。
「ふえ」
あ。
マズイ!
またも粗末に扱われて、またキオが泣きそう!
「あーほらほら! 2人とも、ご挨拶!」
「あ、うん。それはそうか……。おはようございます、キオジール様」
「おはようございます、キオジール様」
空気を読んで、スオナとアクアが挨拶してくれた。
「ふえ」
「ほら、ご挨拶されてるわよ、キオ!」
「え、ええ……。そうね……。ええ。おはよう、今日はいい日ね!」
よかった機嫌が直った!
「あ、そうだ! ねえ、アクア! 申し訳ないんだけど、少しだけキオの話し相手になってもらえるかな? 私たちは洗面所に行くから」
「わかりました。キオジール様、もしもよかったら、精霊界のことを聞かせていただけますか? 私、興味があります」
よし!
キオは笑顔で、アクアの申し出に応じてくれた!
私はほっと息をついて、スオナと廊下に出た。
「朝からとんだ災難だったね、アンジェ」
「最悪よー。部屋、メチャクチャよー」
窓が割れなかっただけよかったけど。
「片付けは手伝うよ」
「はぁ。悪いわね。ホントにクウったら……。厄介な子を押し付けて……」
「とはいえ、相手は風の大精霊様だよ。このまま仲良くなって、契約させていただくのもいいと思うけどね」
「……私、前にそういうのは断った気がするんだけどねえ」
「ああ、そうだったね」
契約については以前にクウにもオススメされたけど……。
精霊との契約は、魂までつながる深いもので、かなり重そうだったから遠慮させていただいたのよね。
私は、加護くらいでいいかなぁ、と。
もっとも私は、クウと契約しているはずだけど。
遊びで結んだ超適当なものだから自覚はないし、キオも匂い程度にしか感じていないみたいだったけど。
洗面所でさっぱりした後は、すぐに部屋に戻った。
食堂に行くのはやめておいた。
お腹、ペコペコだけど……。
しばらく我慢して、一緒に町に食べに行こう。




