1156 閑話・アンジェリカの冬の夜
「――風、やんでくれたみたいね」
「そうだね。よかったよ。雪に続いて嵐ではたまらないよね」
「そうね」
スオナの言葉に私は同意する。
夜。
私、アンジェリカは、いつものようにスオナと2人、学院寮の私室でのんびりした時間を過ごしていた。
今夜は私が、スオナの部屋にお邪魔させてもらっている。
スオナの部屋は質実剛健だ。
嗜好品と言えば、クウの工房で買ったりもらったりしたぬいぐるみやオルゴールだけ。
あとは必要なものが、必要なように置かれている。
まあ、私の部屋も同じようなものだけど。
「あーあ。でも、今日はもったいなかったわねえ。せっかくの雪なのに、学院の庭を歩くだけなんてさー。私たちも外に出て、銀色に染まった町っていうのを堪能したかったわよねー」
冬休みの学院寮では、私とスオナだけではなくて、他にも大勢の学生が帰省せずに生活を続けていた。
地方だと、帰省は金銭的にも大変だしね。
馬車を借りて、護衛を雇って、宿に泊まって……。
1人で帰るわけにもいかないし。
大きな家の子でなければ、帰省は夏休みだけなのが普通だった。
そんな残っている子たちは、今日の昼、町に出ていた。
雪の帝都の見学だ。
夕食の時に、いろいろと町の話を聞いた。
「まあ、ね。興味はあったね、確かに」
「たし、カニ?」
私は両手をチョキチョキさせて、笑ってみせた。
「ははは。クウの真似かい?」
「せいかーい。似てた?」
「むしろクウがやるより、意外性があって笑えたよ」
「そかー」
これもクウの真似ね。
「ははは」
「ねえ、スオナ。明日ならいいんじゃないかな? 普通の買い物として」
私は身を乗り出して提案してみる。
「ふむ。そうだね」
スオナは乗り気になってくれた。
よし、決まりねっ!
というところで、スオナの肩に乗っていた妖精のアクアが言った。
「2人とも、年内は大人しくしているようにとフォーン大司教とアロド公爵から言われていますよね」
う。
「いい加減なことをしていると、年が明けても自由な行動は認めてもらえないかも知れません。朝にも言いましたが我慢するべきです」
うう。
「そ、そうね……」
「そうだね」
私とスオナは苦笑してあきらめた。
水の大精霊の祝福を受けて進化したアクアは、どんどん成長して、どんどんかしこい子になっている。
私とスオナも、たまにタジタジだ。
今日も私たちは、アクアに諭されて大人しく学院にいたのだ。
もっとも……。
「しかし、ご安心ください。動けないお2人のために、今日は私がミルお姉さまと2人で、たっぷりと雪の都を堪能してきました。いくらでもお話は聞かせて差し上げることができます」
そう。
アクア自体は、夕方までミルと一緒に遊び回っていた。
まったく羨ましい。
アクアは、仕方がないといいつつも楽しそうに、今日の出来事をあらためて語り始めた。
繰り返されるアクアの話を聞いていると――。
トントン。
外から窓が叩かれた。
見れば、夜空に水色の髪の女の子がいた。
クウね。
クウは、何故か肩に緑色の髪の小さな女の子を担いで、ふわふわと浮かんでこちらに笑顔を向けていた。
私はすぐに窓を開けて、冷たい空気と共にクウを部屋に招いた。
「やっほー。いきなりごめんねー」
「ええ、それはいいけど……。どうしたの? 何があったの?」
クウの態度はいつも通りにお気軽なものだったけど、さすがに夜に女の子を担いで現れるのは異常事態だ。
「やあ、クウ。こんばんは」
スオナが軽く手を振って、アクアは丁寧にお辞儀する。
「この子、綺麗だからベッドに寝かせてもいいかな?」
「ああ。構わないよ」
「ありがと」
スオナの許可を受けて、クウが女の子をベッドに寝かす。
「ふう。やっと落ち着いたよー」
「ねえ、クウ。それで本当にどうしたの? その子はいったい……」
「あー、うん。実はね、やらかしていたから連れてきたの」
「やらかしって……」
「この子、風の大精霊なんだよねー」
え。
クウがさらりと、とんでもないことを言った。
「もしかして、今夜の突然の嵐かい?」
「そ」
スオナがたずねると、クウはあっさりと認めた。
「……もしかして、昨夜の雪もかい?」
「そっちは水の方かな」
「なるほど。それはそうだね」
スオナは妙に納得した態度でうなずくけど……。
それも大変なことよね。
「ねえ、クウ。それってつまり、風の大精霊様と水の大精霊様が大騒ぎをしたっていうことなの?」
私は念のために確認させてもらった。
「安心してもいいよー。水の方は、もう解決したからー」
「そかー」
「もー。私の真似はいいからー」
「あはは」
「で、ね、アンジェ」
「ええ。なぁに?」
「実は、この子のことをアンジェにお願いしたくてさー。今は冬休みだし遊ぶ時間はあるよね? よろしくねー」
え?
とんでもないことをクウに笑顔で言われた。




