1154 冬の嵐……。
夕方、私は1人、帝都の空に浮かんでいた。
帝都はオレンジ色の空に包まれている。
幸いにも雪はだいたい溶けていた。
とはいえ影になっている部分には、まだ多く残っている。
帝都の人たちには、迷惑をかけてしまったものだ。
イルは帰した。
カラアゲも食べたし、スイーツも食べたし、それなりには満足してくれたようだ。
次に来るのは早くても来年だね。
まあ、うん。
すでに年末なので、年明けなんてすぐなのですが。
「ふぁーあ」
私はあくびをもらす。
今日も疲れた。
旅から帰ったばかりとは思えない、大忙しっぷりだった。
ただ、うん。
やっと平和になった。
問題は、すべて解決した。
「さあ、フラウやヒオリさんも心配しているだろうし、そろそろ家に帰って夕食の準備でもしますかねー」
今日はなんといっても、最高のお土産があるのだ。
それはカラアゲ。
お願いして、包んでもらったのだ。
きっと喜んでもらえるだろう。
私は平和を満喫しつつ、高度を下げようとした。
その時だった。
「うわぁ!」
突然、凄まじい風が、帝都の空を突き抜けていった。
あやうく飛ばされるところだった。
「え。なに……?」
私は風の吹いてきた方向に目を向けた。
ただ、そこには何もなかった。
夕焼けの空が広がるだけだった。
そう。
私はこの時、気づくべきだったのだ……。
恐怖の幼女の存在に……。
だけど私は、残念ながら気づかなかった。
だって、うん。
すでに私は疲れていたのだ。
今日はもう、家に帰ってのんびりするだけのところだったのだ。
再び吹いてきた強い風を気にせず、私は帰宅した。
「ただいまー」
「おかえりなさいませ、店長」
「ニクキュウニャーン」
お店のドアから中に入ると、ヒオリさんとファーが出迎えてくれた。
お店はお休みだけど、2人は掃除や整理をしてくれていた。
あーそういえば……。
最近、ファーのことを構っていない。
ちゃんとマスターとして、構ってあげないとねぇ。
挨拶も、ニクキュウニャーンのままだったよ。
まあ、うん。
でも、明日かな。
「ただいまなのであるー!」
フラウが帰ってきた。
「おかえりー」
「オハナシは、うまくいったのであるか?」
「うん。おかげさまでー」
「それはよかったのである。今日の帝都は雪で大変だったのである。こういうのはもうない方がよいのである」
フラウは、大精霊と喧嘩になってしまうことを避けるため、今日はわざと外にいたのだった。
「だねぇ」
私は苦笑してうなずいた。
「さあ、ともかく、夕食にしようか! 今日の夕食は豪華だよー!」
「何かあるのであるか?」
「ふふー! カラアゲパーティーのカラアゲを、お土産でもらってきましたー!」
「であるか! それは楽しみなのである!」
「すっごい美味しかったから、キタイしてくれていいよー!」
キタイ……。
ふ。
懐かしい言葉だね……。
私はもう、なくしてしまったのだろうけど……。
そんな感傷に浸りながら、私たちは2階のダイニングへと上がった。
パンとサラダとスープも準備して。
いざ!
私は、でん、と、お皿の上にカラアゲを盛り付けた!
「おお……。茶色の山なのである」
「これは美味しそうですね」
私たちだけなので、包み紙はいらないだろう。
手はべちょついても構わない。
無礼講なのだ。
カラアゲは、フラウにもヒオリさんにも大ウケだった。
さすがは賢人のカラアゲ。
種族の壁なんて、あっさりと超えていくね。
そんな感じで――。
私たちは、楽しい夜の一時を過ごした。
のだけど……。
「今夜は風が強いですね」
ヒオリさんが言った。
「である。冬の嵐なのである」
フラウが同意する。
たしかに、さっきから、窓がガタガタ言っている。
ビュービューという風の音も聞こえる。
「ねえ、ヒオリさん。このあたりって、冬に嵐が発生するものなの?」
去年の冬には、なかった気もするけど……。
「いえ――。某の記憶が確かならば、極めて稀かと」
「あるにはあるんだ?」
「ええ……。まったくないというわけでは、ないと思いますが……」
「そかー」
それなら、こういう日もあるのか。
私は吹き荒れる風を自然現象として受け流した。
「クウちゃん……」
「ん? どうしたの、フラウ?」
「まさかとは思うのであるが、これも大精霊の仕業ではないのであるか?」
「あはは。まっさかー」
いくらなんでも昨日の今日でまたはないよね。
私は笑い飛ばした。
笑い飛ばしたけど……。
実は、イヤーな予感を、この時、覚えた。
まさかとは思うけどね……。
まさかとは……。
ビュウウウウウウウウ!
ひときわの大きな風の音が、家の中にまで響いた。
激しく窓が揺れる。
「これは帝都も、一難去ってまた一難ですね……。建物の倒壊などが起こらなければよいのですが……」
窓越しの夜景に目を向けてヒオリさんが言う。
「起こったら死者が出るのであるな」
「そうですね……。自然災害とは恐ろしいものです……」
私は、ヒオリさんとフラウの物騒な会話を聞きつつ、自然な態度でスープを飲んでいたけど……。
心の中では、もうあきらめていた。
私に安息はないようだ。
精霊界に行くしかないよね……。
これは……。




