1152 そのカラアゲの味は……なの!
「では、イルサーフェ様。わたくしはいったんこれで」
アリーシャお姉さまが席を立った。
「なの?」
「はい。カラアゲを運んでまいりますね」
「なの!」
イルに見送られて、お姉さまが部屋を出ていく。
帝国皇女に給仕なんてさせていいんだろうかと私は思ったけど、陛下も皇妃様も気にしていない。
なので私も気にしないことにした。
給仕の人たちが、私たちそれぞれの前に、パンやサラダを並べ始める。
カラアゲパーティーといっても、カラアゲだけではないようだ。
さっぱりしたものがあるのはありがたいね。
一通りのセッティングがおわると、お姉さまがワゴンにお皿いっぱいのカラアゲを載せて戻ってきた。
なかなかに迫力のあるすごい量だ。
「カラアゲなのー!」
イルが喜びの声を上げる。
給仕の人が、テーブルの真ん中に大皿を置いた。
芳醇な肉の香りが鼻をくすぐる。
私たちの前には、2個のカラアゲの載ったお皿が置かれた。
間近で見るとカラアゲは大きい。
普通の2倍以上のサイズがある。
お皿の脇には、バーガー用の口の開いた白い紙と、カラアゲを掴むためのトングが添えられた。
カラアゲを紙に包んで、手づかみで食べるのかな。
イルの前のお皿には、最初から10個くらいのカラアゲが積まれていた。
大皿ほどではないけど、それもまた立派な山だった。
「イル、まだ食べちゃダメだからね」
私は一応、注意しておいた。
こうした席では、まず挨拶があるものだからね。
最初にお姉さまが語った。
「本日はイルサーフェ様のために、精一杯、カラアゲを準備させていただきました。今日のカラアゲは、旨味を最大に閉じ込めるために大きなサイズとなっております。先に切ってしまうと旨味が出てしまうので、トングでカラアゲを白い紙に入れて、そのまま手づかみでお食べください」
「なのー!」
「では、いただこうか。
――水の大精霊殿との出会いに」
陛下がグラスを掲げて、私たちもそれにつづいて――。
さあ、始まりだ!
ついに、カラアゲを食べる時間だ!
「イル、もう食べていいよー」
「なのー!」
私が許可すると、待ってましたとイルは両手にカラアゲを掴んで、それはもう勢いよく食べ始めた。
私は、お皿に載った大きなカラアゲにあらためて目を向けた。
衣には、何やら見慣れない粒がある。
時間がなくて、しっかりと生地を混ぜられなかったのかな……。
と最初は思ったけど……。
それはまさかだろう。
料理の賢人たるバンザさんに、そんな不覚があるわけがない。
なのでこれは、わざと、こうしているのだ。
すなわち、このカラアゲは特別なのだ。
緊張してきた。
果たして、このカラアゲは、私にどんな体験をさせてくれるのだろうか。
そこにはどんな宇宙が広がるのか。
私はおそるおそるカラアゲを包み紙に入れて、手で掴んだ。
出来立ての温かさが伝わる。
さあ、いこう……。
未知の世界に……。
私はついに、カラアゲを口に入れた。
最初に伝わるのは、
ざくり。
という、サクサクの感触だった。
私は思う。
これは、旅だと。
サクサクは均一ではなく、丘あり谷あり……。
小さな粒の小さな食感が、完璧なアクセントとなって、サクサクの中に丘陵を作り上げているのだ。
そして、そんな旅の中――。
ついに私は、ゴールへとたどり着いたのか。
そこは海だった。
これは……!
肉汁の大波だぁぁぁぁぁ!
うわあああああああ!
私はまさに、大いなる海原を前に、波に巻き込まれて大回転してしまったかのような衝撃を覚えた!
あらゆる感覚が、肉汁に染まる!
そして、ようやくそれが落ち着いた時――。
肉そのものの味わいが、じんわりと口の中いっぱいに広がるのだ。
そこは、静かなる世界だった。
私は海原に浮いていた。
私はカラアゲを食べる。
ああ……。
満たされる……。
カラアゲに、心と体が満たされていく……。
イルも満足しているようだ。
「これなの! さすがはアリーシャなの! まさにこれこそがカラアゲなの! イルの待っていたものなの! 美味いなのー! 前に食べたカラアゲよりカリカリでジューシーで最高なのー!」
さすがはバンザさん。
頼りにした甲斐があったというものだ。
トルイドさんのハードルを、やすやすと――かどうかはわからないけど、苦労させたのかも知れないけど――。
いずれにせよ、並ぶどころか、超えてくるとは――。
「これは、すごいですね……」
私のとなりでは、セラも感動していた。
「だねー」
私は笑顔でうなずいた。
イルは食べて食べて食べまくって……。
結局、大皿のカラアゲをすべて食らい尽くした。
「ふうー。満足なのー」
「食べたねえ」
私は、2個でお腹いっぱいになったよ。
かわりに給仕さんにお願いして、お土産を多めに準備してもらったけど。
ヒオリさんやフラウにも味わわせてあげないとねっ!
「イルは感動しているの。やっぱり、カラアゲは最高なの。ニンゲンの世界は素晴らしいものなの」
「もう雪とか降らせて迷惑かけちゃダメだからね?」
「わかっているなの。イルはクウちゃんさまについていくの」
ついてこられても迷惑だけど……。
ここはスルーしておいた。
好き放題されるよりは、マシだろうしね……。
食事の後――。
バンザさんがやってきて、挨拶をした。
バンザさんは自分の努力は誇らず、カラアゲのヒントをくれたアリーシャお姉さまのことを称賛した。
お姉さまの協力あってこそ、完成したのだと。
お姉さまは謙遜しつつも受け止めて、加えてバンザさんの実力を称えた。
私たちは拍手をした。
こうして私は、イルとの約束を守ることができたのでした。




