1150 閑話・料理長バンザの挑戦
「なん、ですと……」
「昼までの時間は長くないが、バンザ、おまえならできるな?」
「……ふ。当然です、陛下。やってみせます」
「うむ。頼んだぞ」
「ははーっ!」
俺は平伏して、厨房にやってきた陛下が立ち去るのを見送った。
午前の時間――。
すでにランチの仕込みは進んでいたが――。
急遽、メニューは変更となった。
俺はバンザ。
バスティール帝国において大宮殿料理長の地位にあり、さらには先日、賢人の称号を偉大なるク・ウチャン様よりいただいた料理人だ。
陛下からの依頼は唐突だった。
カラアゲパーティーをランチとして開催するというのだ。
サンネイラでトルイド様のカラアゲに感銘を受けた客人が、帝都でもカラアゲを希望してきたのだという。
俺はサンネイラの出身。
トルイド様はサンネイラの次期当主たるお方であり、ライバル視してよい相手ではないが――。
それは今更でもある。
何故なら俺は先日、バーガー大会ですでに戦っているからだ。
「料理長、大変なことになりましたね。どんなカラアゲにするのですか? すぐに作業に入りませんと」
「うむ。そうだな。おまえたちは、とにかく鶏肉の下準備を頼む」
「お任せください! 油も出しておきます!」
部下たちはすぐに動き始めた。
幸いにも鶏肉は一般的な素材であり、冷蔵庫には十分な量が置かれている。
俺はレシピを考える。
失敗は許されない。
なんといっても依頼主は陛下であり、ク・ウチャン様なのだ。
客人は、ク・ウチャン様の同郷の方だという。
すなわち、精霊様なのだろう。
精霊様の好むレシピとは、いったい、どんなものなのか。
トルイド様のカラアゲが気に入ったというのならば、サンネイラのレシピで間違いはないと思うが……。
だが、少なくとも、同等のものではダメだ。
さらに満足していただかねば、陛下とク・ウチャン様の顔が立たない。
俺の賢人としての矜持もある。
「――お悩みのようですね、料理長」
「これはアリーシャ様」
陛下に続いて突然に現れたのは、第一皇女殿下だった。
しかも、髪をまとめたエプロン姿。
まさか手伝うつもりなのだろうか。
「ふふ。ご安心ください。邪魔はいたしませんわ。これでもわたくし、空気は読める方なのですよ」
「では、いったい……。どのようなご用件で……?」
「実は、今回の賓客はわたくしにも縁のある方でして。向こうからは、わたくしに作らせろという要望も出たのだとか」
「それは――」
結局、手伝うのか。
「嫌そうな顔をしないでくださいませ。邪魔はしないと言ったでしょう?」
「失礼いたしました」
顔色に出るとは、不覚だった。
俺は頭を下げて謝罪した。
「とはいえ、名指しされた以上、何もしないわけには参りません。それで急ぎ彼女の好みを伝えに来ましたの。お父様からは、彼女の好みに関する詳細な話は出ていないのでしょう?」
「トルイド様のカラアゲを気に入られたとは聞きましたが――」
「彼女は、サクサクのジューシーがお好みのようです。あとはアツアツ。この3つの言葉を繰り返していましたわ」
アリーシャ様の情報は有益だった。
ひとえにカラアゲといっても、使う部位によって味や食感は異なる。
ジューシーさを求めるならもも肉で決まりだ。
俺は情報の提供に感謝してから、許可をいただき、質問を行った。
「トルイド様のカラアゲは、どのようなものだったのでしょうか?」
「普通のカラアゲでしたが……」
「衣は? たとえば、小さなダマがついていたりは?」
「ダマ、ですか? 付いていなかったと思いますが……。トルイドさんのカラアゲの表面は綺麗に整っていましたよ」
「味は? ハーブに塩でしょうか?」
「そうですわね。塩味にハーブの香りがありましたわ。サンネイラでは人気のスパイスだと言っていました。――ねえ、バンザ。先程のダマというのは、何か意味がありますの?」
「衣の工夫の1つです。片栗粉を、しっかりと水に溶かさず、まだダマの残った中途半端に見える状態で衣にするのです。すると、そのダマがアクセントとなりカリカリ感が増すのです」
「……へえ、そうなのですね」
「トウモロコシの粉を混ぜれば、さらに食感は増します」
「いろいろとあるものなのですね。わたくしの記憶にはありませんが、大宮殿で出たこともあるのかしら?」
「いえ、ございません。宮廷の料理では、衣にダマを残すのは洗練さに欠けるとされております故」
「そうですのね……。そうですか……」
アリーシャ様が考え込む。
俺も迷うところだった。
カリカリ感を求めるなら衣にダマを入れるべきだが――。
「今回は、ダマ入りでいきましょう」
アリーシャ様が言った。
「宜しいので?」
「相手は、宮廷料理を食べに来たわけではありません。とにかく美味しいカラアゲをご所望なのです。ならばそれに全力で応えましょう」
「畏まりました」
俺は恭しく一礼した。
同時に心の中で、声には出さないが、アリーシャ様を邪魔だと思ってしまったことを謝罪する。
アリーシャ様の一声がなければ――。
宮廷料理人として、衣にダマを入れることはできなかっただろう。
ふ。
俺は心の中で小さく笑う。
俺もまだまだ、型に囚われた小さな料理人のようだ。
あの荒野の地で見た――。
天にそびえるク・ウチャン様の塔に――。
翼を広げ――。
空を舞い――。
その頂きに、この手を届かせる日は――。
まだまだ先のようだ。
「さあ、そうと決まれば大忙しですわね!」
「はっ!」
俺は一礼した。
その通りだ。
ク・ウチャン様に祈っている暇はない。
すぐさま作業にかからねば!
究極のカリカリを、お客様に堪能していただこうではないか!
もちろん至高の肉汁も!
しっかりと衣の内に閉じ込めて、溢れさそうではないか!
アリーシャ様が腕まくりをする。
包丁を手に持たれた。
何をする気なのか、と思ったら……。
「ふふ。肉を切るのはわたくしにお任せください! これでもトルイド様のところで経験があるのですよ!」
とんでもないことを言い出した。
肉を切るのは重要な仕事だ。
切り方1つ、サイズ1つで、ジューシー感がまるで違ってくるのだ。
「その時には残念ながら、わたくしにはイルサーフェ様への応対という他には任せられない仕事が入ってしまって、満足に行えませんでしたが――。今回は切らせていただきますわ! ――御覧なさい」
アリーシャ様が包丁を振るう。
それは見事な、まさに風を切るような短剣による攻撃の動きだった。
見事ではあるが――。
断じて、料理の動きではない。
「ふふ。これでもわたくし、魔物でも余裕で倒せますのよ。切るなんて、造作もないことですわ」
俺は確信した。
アリーシャ様に、任せることはできない!
俺は必死に思考を巡らせ……。
トルイド様の例に倣うことで、なんとか事を収めた。
すなわち、アリーシャ様には客人の出迎えという何より大切な仕事があるのではということだ。
アリーシャ様は渋々ながらも納得してくれた。
納得されなければ、断ることはできなかった。
アリーシャ様に切っていただくしかないところだった。
危ないところだった。
よし……。
やろう。
俺は気をあらため、料理へと向き直った。




